051 振り子
「なんですか、これ?」
文乃は領主の館の倉庫へと足を運び、そこに作られていたものに絶句していた。倉庫の一部を広く空けて、木造の支柱が立てられていた。その間に文乃の背丈よりも長い紐が垂らされ、その先端に結ばれた石がゆらゆらと往復運動をしている。
「見てわかるでしょ? 振り子だよ、振り子」
どこからか持ち込んだ椅子に腰掛けた守子がふざけた調子で答えた。
彼女はこの世界に来てからもよく学校の制服を着ている。そのくせ着崩すので、向こうの世界にいたときそのままに派手な印象が強い。こちらの世界に来て大きく変わったことと言えば、この前の戦いで傷を負った右目を隠すようにつけられた眼帯だった。
「なんでこんなもの作ったんですか、って聞いたつもりなんですけど」
「異世界に来たら測りたくならない? 重力加速度」
「ならないですよ?」
派手な見た目とは裏腹に、というと偏見が入っているが、とにかくも、大蔵守子は根っからの理系の人間である。そういう人間の行動には理解しがたいものがあると文乃は思っているが、大蔵守子の行動から理系の人間は異世界に来たら重力加速度は測りたがると帰納してはならないことは文乃にもわかった。
ちなみに、重力加速度とは物体が自由落下するときの加速度であり、大まかには、重力の大きさを表すと言っていいだろう。地球上だと、測定する場所にもよるが、およそ九・八メートル毎秒毎秒である。
守子は向こうの世界から持ってきた腕時計を示して、
「ちなみに、測定結果は十メートル毎秒毎秒ね。私の身長に合わせた長さの振り子が十往復する時間をこれで測って、そこから計算した」
「地球より少し大きいんですね」
「有効数字を考えると、この精度で重力加速度を測ったくらいじゃ地球と区別がつかないと言うほうが正しいよ」
守子はひょいと立ち上がると、揺れ続けていた振り子を摘んで静止させる。
「作為を感じるね。この世界はあまりにも地球に似すぎてる」
「この世界が、私たちを連れてくるために作られたものかもしれないって話ですか。あまり気分のいい話じゃないですね」
この世界に連れてこられたこともだが、この世界が作り物だと考えることが、だった。この世界で出会った人々は、少なくとも己の人生を生きていると思う。決して、金村有里の英雄譚の舞台装置だとは思いたくない。
「それで?」
守子が問うた。
「我らが女王陛下にこき使われて多忙なはずの文乃が何の用?」
「多忙なのは先輩もでしょうに──、まあ、お金まわりのことで相談がありまして」
女王となった有里は、守子を財政責任者に任命していた。事実上の宰相であるメレーゲに兼任させることは避けた形だった。財政の部分を彼女から切り離して、女王が信頼を置く守子に委ねることで臣下の専横を防止するという意味合いがある。
「一応聞くよ」
一応、の一言は聞かなかったことにして、文乃は例のゼノヴァ人の工房の事件の後処理の話をした。行き場を失うであろう、工房の人たちの処遇についてである。この件についてはメレーゲが私費で何か考えているようだが、彼女にだけ委ねるのは文乃の気が進まなかった。
「同情はするけど、残念ながら雇い入れるような枠を作る余裕はないね」
と守子は端的に答えた。
基本的に、女王の政府は財政難である。
もともと無理な挙兵だったうえに、有里の即位宣言に伴う式典などについての費用も嵩んでいる。シマニエク伯爵や彼についた主だった領主の財産と領地を没収して埋め合わせ、なんとかやりくりしている状態だ。
「有望な人材がいれば、もともと確保してある枠に推薦するとかはできるんじゃない?」
「もちろん、いい人がいればそうするつもりですが……」
「あとは、」
守子は少し言いづらそうに言葉を切る。何を言いたいかはわかったので、文乃が引き継いだ。
「女王直属軍の兵士、ですね」
女王の抱える問題の一つが、直属の軍事力が貧弱なことだった。この前の戦は領主たちの連合軍によって行われ、有里の配下の兵は藤堂巴絵一人を除いて存在しなかった。
女王の政権が安定するためには、それでは心もとない。それゆえに、有里は直属軍を創ろうとしていた。シマニエク伯爵の軍の兵士などは、希望する者はそのまま女王軍に編入させている。さらに、各地から少しずつ兵を募って組織し、財政基盤と釣り合いを取りながら拡大していく計画である。
要するに、それなりにまとまった数の人間を雇う計画が既にあるのだから、そこに行き場を失うであろう工房のゼノヴァ人たちを入れてしまうという手である。もちろん、兵士となれば命の危険が伴う。そんな職業に、社会的に不利な立場の者を組み込んでしまうというのは、見方を変えれば悪辣なやり方なのだ。
「彼らが困っているようであれば、兵を募っていることを伝えるだけは伝えます」
「ごめんね、頼りにならなくて」
「気にしないでください。先輩はきちんと仕事をしているだけですから」
守子は苦笑して、
「ゼノヴァ人たちの件も含めて、金策の方法はいろいろ考えるよ。ある程度の案ができたら相談するからよろしく」
「お願いします。ではまた」
忙しなくその場を去ろうとした文乃に、守子が声をかける。
「ゆっくりしていきなよ」
「そんな暇はないので」
このあとは、祭事に関して街の神殿の神官や町衆との会合である。神殿の視察も兼ねているので、こちらから出向かねばならないのだった。
去り際に文乃は守子のほうを振り返る。
「それに、ここは少し埃っぽいですし。先輩も仕事は他の場所でしては?」




