050 報せ
「神都──、大神殿のほうから接触しにきてくれるのはありがたいかな」
有里が女王などと呼ばれているのは、大昔になされた神託によるものだ。
神々に選ばれた王を名乗り、民衆のためと称してシマニエク伯爵を討ち、リナリア王国の東部に勢力を築きはじめた、という段階にあるわけだが、神々に選ばれたと言い張る以上、宗教的な権威とは仲良くせざるをえない。
セリラネスの大神殿。それがこの国における宗教上の権威だ。王を選ぶ神託を受ける儀式を執り行うのは、その大神殿の神官たちである。すなわち、彼らに神託の女王と認めてもらえなければ、有里は女王を騙る詐欺師に落ちる。
──まあ、実際、詐欺師みたいなものだけど。
内心で自嘲しつつ、有里はユキニアに問うた。
「報せの内容は?」
「正式な使節団を送るから、受け入れてほしいとのことです。書状もこちらに」
ユキニアが封書を差し出す。
有里は封蝋の印を見る。大神殿の神官長の使うものは事前に把握してあったから、それと一致することを確かめるためだ。続いてその封を切り、書状を取り出す。堅苦しいうえに仰々しい文章のあとに、神官長の署名がある。それも事前に聞いていた名と同じだった。筆跡は知らないから、あとでメレーゲ伯爵やニルバス・レイエンにも確認を取る必要がある。
「ユキニア、受け入れの用意を始めて。それと、メレーゲ伯爵を呼んでくれる?」
書状の内容は受け入れを依頼する文言だったとはいえ、拒む自由はないに等しい。だが、もともと、こちらから使者を送る計画を立てていたくらいだ。向こうの使節が来るというのなら、喜んで受け入れよう。ただ、大神殿は世俗的な権利にはあまり興味がないとは聞いているものの、何を要求してくるかわからない。警戒は必要だろう。
メレーゲは思いの外早く顔を見せた。
大神殿からの報せについて伝えても、彼女は何一つ驚くことなく、胡散臭い笑みを崩さなかったあたり、どうやら、彼女は情報を事前に得て、呼び出しを待ち構えていたらしい。
有里が大神殿の神官たちについて問うと、
「組織としての大神殿は、神々の権威と、それを表す立派な神殿の維持にしか興味がありません。世俗の王権に求めるのは、権威に服することと、相応の寄付、あとは大神殿領の保障くらいでしょう。それ以上は王権に介入してくることはありません」
と答えてから、皮肉交じりに付け足した。
「たとえ、民が飢餓や戦乱で死のうとも、です」
その皮肉が、大神殿という組織を最もよく表しているのだろうと、有里は理解した。
すぐに有里の意識は、メレーゲが答えの冒頭に含めた言い回しに向いた。
「組織としての、と言ったということは神官個人は違うということ?」
「大きな組織で、不正のない組織など存在しません。神官によっては、賄賂くらいは要求してくるかもしれません」
「なるほどね」
その場合は必要経費と思うしかないだろう。無論、額にもよるが。
渋い顔をする有里に、メレーゲが問う。
「書状に、使節の長の名は書いてありませんでしたか?」
「上級神官のエンザルトと」
メレーゲは、今度は少々驚いたように眉を動かした。
「神々は我々の味方のようですね」
味方でなくては困る、と思う有里だったが言葉にすることはなんとなく避けた。
神々とやらがいるのなら、有里たちをこの世界に連れてきたのはそいつらだ。だが、味方かと言われると自信がなかったのだ。
「伯爵はその神官と知り合い?」
「直接の面識はありませんが、人格者として知られる人物です。賄賂を要求してくることはないでしょう。ただし──」
有里はメレーゲが言い終わる前に言葉を重ねた。
「神々に選ばれた統治者であることを、真っ当に示さないといけないわけか」
相手が人格者なら、それはそれで面倒というものだ。いっそのこと、賄賂で済むなら、そのほうがマシなのかもしれない。
「陛下とトモエ様が神託の女王と騎士であることは、心ある者ならすぐにわかることでございます。何の問題もございません」
メレーゲの言葉は世辞だろうが、本気で言っているようにも聞こえるのがたちが悪い。胡散臭い笑みは相変わらずで、本心の読めない女だった。
それから有里は、使節を迎える準備についてメレーゲと相談した。彼女の提案はどれも合理的で、この宰相は間違いなく頼りになる。本心が読めずとも、重用する価値はあるだろうと、有里は確信していた。
メレーゲが退室すると、有里はふと思い出したように巴絵に問うた。
「使者と言えば、ヴェルジール公爵が名代として三男を寄越すって話だったはずだけど?」
ヴェルジール公爵は王国東南部に勢力を持つ、武勇で知られる貴族だ。リナリア王国では「公爵」とは本来、王都の四大貴族を指す。ヴェルジール公爵は例外で、もともと、リナリア王国とは独立した国の王族だったが、歴史の中でリナリア王国に組み込まれた経緯があっての公爵位である。
そういう家であるから、女王の名で帰順を命じたとしても、服属してくれるかは疑わしかった。ところが、あっさりと臣従を申し出たのだ。それが、王国貴族としての義務感からなのか、公爵自身が病に臥せっていて覇気が衰えたためなのか、それとも別の思惑があるのかはわからない。
「出迎えの用意をしている文乃が苛立ってたよ。到着予定の日を過ぎてるらしい」
「王国最強の武門の令息がそこらの賊や小領主にやられるとも思えないから、最悪の心配はしないでいいと思うけど」
聞いたところによると、今回やってくる三男は公爵の息子たちの中でも際立った剣の腕だという。乱世で街道がきちんと整備されているわけでもない。旅程が計画通りにならなくてもおかしくはないだろう。
「私も同意だけど、文乃に仕事を押し付けすぎじゃないかい?」
「あなたは私の側にいないといけないし、そうなると、最も信頼できるのは文乃と守子でしょう? 守子には別の仕事を割り振ってるし」
有里は女王を名乗っているが、今は領主たちの連合体に担がれている状態だ。いわゆる股肱の臣がほとんどいないということである。巴絵、文乃、守子の三人は向こうの世界で生徒会役員として有里と共に働いていた面々だから信頼できるとして、ニルバスとユキニアのレイエン父子を数えてよいかは微妙なところだ。
「人材集めは重要な課題だね」
巴絵がわざとらしく肩をすくめる。
有里はサインしなければならない書類の山を見て、
「本当は自分で歩き回って人材を掘り起こしたいところなんだけど」
女王などと言う身分では、それにも限界があるのだった。




