049 異物
シマニエク市の領主の館は今、女王たる金村有里の拠点となっている。有里は、かつて伯爵の執務室だった部屋をそのまま自身の執務室にしている。傍らに自らを守護する騎士たる藤堂巴絵を常に侍らせ、自らは淡々と執務をこなしていた。
「──以上が、報告です」
今は、有里は文乃からの報告を受けている。文乃は机を挟んで有里の正面に立ち、自身の調査してきた内容を語った。
話を聞き終えた有里はまず問うた。
「あなたなら、どう判断する?」
文乃は迷いなく答えた。
「人が死んだことは事実です。その点について、責を問うことは必須です。ただ、被害者が冒涜的な言葉を直前に言っていますし、加えて、加害者である工房の主人に殺意がなかったと判断できます。三年程度の拘禁が妥当かと思います。その他の者については、乱闘に参加した全員に罰を与えるのは混乱のもとでしょう。ですが、工房側は主人が拘禁されるので、町衆側にお咎めなしでは工房の者たちが納得しません。バランスを取るために町衆側も最初に殴りかかった男を拘禁してはいかがですか。こちらは人を死なせていないので、長くても一年でしょうか」
文乃の言葉には淀みがない。回答は準備してから来たに違いないし、その主張は妥当なものであり、有里を満足させるには十分だったが、有里はさらに問う。
「量刑のほかに、考えておくべきことは?」
これまた予想していたかのように答えた。
「ゼノヴァ人は少数民族で、宗教も異なり、立場が弱いようです。処罰を可能な限り軽くしても、工房はあの場所にはいられないでしょう。何か救済の手段がないか、考えているところです。それと、他の地区でも似たような揉め事が起きる可能性があります。祭りの参加を断られたらそれ以上無理強いしないよう、布告を出しては?」
有里は傍らの巴絵に視線を投げる。彼女にも、異論はないらしい。
「では、そのように計らって。工房の人たちの件だけど、メレーゲ伯爵に考えがあるようだから、彼女と相談してもらえる?」
有里に最初に従った領主のうちの一人であるメレーゲには、事実上の宰相のような地位を与えてある。女王ユウリの名において子爵から伯爵へ昇爵させたが、それも彼女自身の提案だった。有里に従えば利があるという、諸侯へのわかりやすいメッセージの一環だった。
そんなメレーゲと文乃とは反りの合わない部分があるらしく、文乃は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに引っ込めて、
「承知しました」
とだけ言って執務室を出ていった。少し休憩とばかりに伸びをした有里に、巴絵が問う。
「今回の件、君には思うところがあるんだろう?」
「まあね、マイノリティとしての共感ってやつかな。まあ、私の場合は周りには普通に日本人だと思われてたから直接的な苦労は少なくて、ゼノヴァ人たちの境遇を理解してるなんて言うことはできないけどさ」
有里は自認としては「韓国系日本人」である。在日韓国人の家系の父と、韓国からの留学生の母の間に生まれたから、血筋的には日本人ではない。両親が日本に帰化してから生まれているから、国籍的には生まれながらの日本人であるというわけだ。文化的にも、両親が日本社会に同化する道を選んだため、有里は生まれながらにして日本の文化に浸かっている。母語は日本語だし、神社にだって行く。母方の祖父母と会話するのに韓国語はちょっとだけ学んだ。
高校では、有里のルーツを知っているのは、巴絵だけだった。特に隠しているわけではなかったが、自身のルーツを語る機会などあまりなかったからだ。残念なことに、ルーツを他人に言うのにはそれなりのリスクもあったから、語る機会は一層限られていた。
「社会の異物だって感覚は、どっかにあるんだよね」
有里は恵まれた側の人間だ。
お金に困ったことはなく、両親に愛され、そして何より、自らの才で他人を魅了してきた。
それでもなお、社会に受け入れられない恐怖というのは常に心の隅に埃のように溜まっていた。
「まあ、今は異物どころじゃないわけだけど」
こちらの世界にやってきて、女王なんて称号を名乗っている。
この社会にとって、有里は究極の異物だ。
祝福とみなされるか、災害とみなされるかは、今後の有里の振る舞いにかかっている。
「有里、」
巴絵が有里の耳元に顔を寄せて囁いた。
「君が重圧に耐えかねるなら、私はいつでも逃げ道を用意するつもりでいるよ」
彼女が腰に帯びる剣は、有里の道を切り開くための剣なのだ。
巴絵の頬に、そっと有里は左手を添える。
「無理だよ。きっと、私が私を逃がさないから」
守子は片目を失い、玲奈はその生命までも失った。
この世界の人々にも、たくさん血を流させた。
それだけの代償を払ってなお、有里自身の魂がこの世界を征服することを渇望している。
この救いがたい本能が、有里の理性を苦しめることになるのだろう。
「だから、あなたは私に付いてきなさい」
有里の命令に、巴絵は微笑みで応えた。
「それを君が望むなら」
有里の進む道が地獄につながっていたとしても、巴絵は付いてきてくれる。巴絵が有里に捧げる愛は有里の望んだものとは違うけれど、今の有里に必要なものだった。
「ありが──」
お礼の言葉を言おうとしたそのとき、執務室のドアがノックされる。
やってきたのは、ユキニア・レイエンだった。この世界に来た有里たちが最初に出会い、そして、有里が女王になるきっかけを作った少女だ。彼女自身の希望と、信頼できる人間ということで、有里の秘書として働いてもらっている。
そんな彼女が少し急いだ様子だったので、有里が何事か問うと、ユキニアは答えた。
「先ほど、神都から報せが届きました」




