048 事情聴取
モフィル地区で発生した乱闘は、騒ぎを聞きつけた衛兵隊によって鎮圧された。
死者は地区の世話役一人であったが、負傷者は三十人を超えた。重症者は十人で、うち八人が工房のゼノヴァ人だった。取り押さえようとする衛兵に対して激しく抵抗したのだと、文乃に報告しにきた衛兵が付け足した。
──なんで私がこんな仕事をしているのか。
文乃はため息を付きたいのを堪えた。異世界に迷い込んだかと思えば先輩が女王に祭り上げられ、自分はその側近になっていた。その実感さえまだあやふやだというのに、ここに来てさらに面倒を押し付けられた形だった。
「ゼノヴァ人というのは、『国無き民』でしたね」
文乃は報告に来た衛兵に尋ねた。
「はい。大陸各地に小さな集団を作って暮らしている奴らです。唯一神だの、戒律だのうるさくて自分勝手な連中ですよ」
衛兵は侮蔑の意図を隠そうともしない。それだけで、ゼノヴァ人の置かれている立場はよく理解できた。先程の「激しく抵抗した」という報告は、嘘ではないのかもしれないが、鵜呑みにすべきではなさそうだ。
「では、死んだ世話役の付き人の話から聞きましょうか」
「アヤノ様がご自分で聴取なさるのですか?」
「女王陛下はそれをお望みのようなので」
有里は事件の一報を聞き、少数民族絡みの事件だと聞くと、間髪を入れずに文乃に仕事を投げた。為政者になるにあたって、リナリア王国内の問題の感触を掴んでおきたい。それが有里の考えだ。この国の、それどころか、この世界の人間でない文乃の客観的な視点を求めていることは明らかだ。主要な関係者からは話を聞くべきだろう。
文乃は、衛兵が現場整理のために借りた近くの家屋に入る。
あまり使われていない建物らしく、埃っぽい。物も少なく、端の椅子に男が座らされていた。ガタイのいい若者で、髭こそ伸びているが不潔感はない。服は血と土で汚れており、乱闘の激しさが伺えた。彼の手に縄などはかかっていないが、衛兵が両脇で武器を持って監視しているので、一応、騒ぎの中心人物と扱われているようだ。
「あなたは?」
いきなり入ってきた少女に怪訝な目をして、男が問うた。
「女王陛下の直臣、アヤノ・ヒナタと申します」
「女王の……? ああ、そう言えば、式典の時に見ましたよ」
得体のしれない小娘扱いされたらどうしようかと思ったが、その心配はなさそうだ。
さっそく、文乃は男に問うた。
「何があったのか、もう一度、順番に説明していただけますか?」
男はゆっくりと説明を始めた。少々まとまりのない話し方だったものの、今年は特別な祭りの年であること、奉納する飾りをつくるのに工房に協力を求めたこと、工房の主が拒否したこと、そして、説得しようとした世話役を工房の主が殴ったこと。
これまでに受けた報告と、不整合な点はなかった。
「ガンデスさんが殴られたきっかけは何だったかわかりますか?」
「知りませんよ。いきなりでしたから。ガンデスさんは親切で仲間に入れてやろうとしていたのに」
「直前に、ガンデスさんが何か言いませんでしたか?」
「えっと……。そうだ。たしか、我々もあんたらの神に祈るから、あんたらも我々の神々に祈ってほしい、とかなんとか。それだって、変なことは言ってないでしょう?」
文乃は思わず顔をしかめた。
日本人である文乃の感覚は、ガンデスが善意で言ったのだろうと理解していたが、だからと言って明らかに考えが足りないことを庇う気は起きなかった。聞いている話では、ゼノヴァ人の宗教は一神教である。唯一神のみを崇め、他の神は認めないタイプの宗教のようだ。
地球ではキリスト教とかイスラム教がこのタイプであるが、同じ理屈であれば、ガンデスの言ったことは十分に冒涜に値するだろう。ゼノヴァ人にとっての唯一神を他の「神々」と同列にしたのだから。
処罰を決めるうえで、考慮する必要があるなと、文乃は頭の中にメモしてから、その後のことについて男に尋ねた。ガンデスが頭を打って死んだこと。思わず工房の主を殴ってしまったことなどは、聞いていた通りである。
「公正な処分を約束しますので」
とだけ伝えて、文乃は工房へと向かう。工房の片隅の地面に、幾人かの男女が座らされていた。全員、手が縄で縛られているのが目についた。
「工房の主は?」
「俺だ」
白髪交じりだが、老人というには少し若い男が答えた。あちこち痣だらけだったり、頬が腫れていたりするものの、それ以上の大きな怪我は見受けられない。
文乃は彼を椅子に座らせるように兵士に指示し、兵士が面倒くさそうに持ってきた椅子に工房の主が座ったところで、文乃は彼と向かい合うように自分も椅子に腰掛けた。
「私は、女王陛下の直臣、アヤノ・ヒナタと申します。お話を聞きにきました」
先程の男にしたのと同じように名乗る。
工房の主は不信の籠もった目でこちらを見た。
「何があったのか、順番に説明していただけますか?」
これも、先程と同じ問いだ。
工房の主が口を閉ざしたままだったので、同じ質問を繰り返す。すると、今度は返事が返ってきた。
「女王陛下とやらも、俺らの話なんて聞いてくれないんだろう?」
「話を聞きに来た、と言ったはずですが」
「聞いてるふりをしにきただけだろう?」
要するに、何を言っても取り合ってもらえないと思っているらしい。
文乃は慎重に言葉を選ぶ。
「ガンデス氏が、あなたがたにとって冒涜的なことを言ったことは把握しています。あなたが怒ったのも理のあることだと思っています。ですから、あなたがたを一方的に悪者にするつもりはありません」
すると、工房の主ははっと目を見開き、震える声で語り始めた。
「ふざけたこと言うものだから。思わずカッとなって。気づいたら殴ってたんだ。──こうして落ち着いて考えてみれば、あれは善意のつもりだった。そうだろう?」
「私の推測するかぎりでは、そうですね。」
「そうだろう。俺はなんてことしてしまったんだ。あの人は、俺たちなんかにも親切にしてくれたのに……」
それから、彼は起きたことを覚えているかぎり文乃に語ってきかせた。先程の男の証言と矛盾と言えるものはなさそうだった。むしろ、衛兵にめった打ちにされたことを強調するので、衛兵の証言と天秤に掛けねばならない。
文乃が悩んでいるところに、工房の主が問いかけた。
「俺はどうなるんだ? 縛り首にでもなるのか? 一生、牢屋か?」
彼の目には不安と後悔が渦巻いている。
文乃は大事なことを彼の口から語ってもらうことにした。
「ガンデス氏を殴ったとき、殺すつもりはありましたか?」
「あるわけないだろう! あんなことになるなんて」
少なくとも、日本の法律では殺意の有無は重要である。殺人か傷害致死かの違いだ。言うまでもなく、罰の重さは両者で異なる。
「女王陛下は過剰に重い罰をくだしたりはしません。それだけはお約束します」
今の文乃に言えるのはそれだけだった。




