047 乱闘
シマニエク市は祭りの季節を迎えようとしていた。
毎年、地区ごとに山車を出して街を練り歩くパレードが行われる。リナリア王国の神々に祈りを捧げて、疫病を払う祭りであるが、パレードを行うことによって街の民の結束を促すという意義も否定できない。
そして、二十年に一度、神殿の前の飾りを燃やし、そこに溜まった「病」を滅するという風習がある。そのあと、新しい飾りを奉納するのであるが、それらは山車と同じく各地区で金や資材を出し合って作ることになっている。立派な飾りを作ることは地区の威信を賭けた競争であり、街の人々の間では重視されていた。
女王ユウリが領主シマニエク伯爵を滅ぼし、この街に入ったその年は、ちょうどその二十年に一度の年に当たっていた。
領主が変わったとしても、街の民衆にはあまり影響はなかった。むしろ、横暴な領主に公正な女王が取って代わり、庶民には暮らしやすくなるのではないかと、皆が口々に噂するほどであった。そのため、二十年に一度の特別な祭りが妨げられることはなく、皆が意気揚々と準備を始めていた。
そんな中、市内のモフィル地区で一つの騒動が勃発した。
きっかけは一つの工房を、地区の世話役であるガンデスが、何人かの供を連れて訪れたことだった。その工房は、五年ほど前に移住してきた者たちによって開かれた家具工房だった。
「今年は特別な祭りでしてね」
ガンデスは工房の主に話を切り出した。
神殿に収める飾りを作るから、技術を提供してくれないかという提案である。
「断る」
工房の主は作業する手元から顔も上げずに答えた。ガンデスはどうしたものかと頭を掻いた。
「手伝ってくれたら、お前さんらも地区の寄り合いに出てもいいと、皆が言っているんですがね」
工房の主は視線を落としたまま、首を左右に振った。
「我らにとっての神は、我らが信じる神のみだ。他の神を祀るための飾りは作れん。他の神は神ではない」
「お前さんらはいい仕事をするというのは、私がよく知っています。皆も薄々気づいておるでしょう。ゼノヴァ人だからと爪弾きにするのは、私としては気分が悪いし、寄り合いに出ないものがいると諸々不便でね」
「それなら、ただ寄り合いに出るのを認めてくれ。なぜ条件をつける?」
工房の主の問いに、ガンデスはもう一度頭を掻いた。この工房の主とも、弟子たちとも、ガンデスは友になったつもりだった。新参者の部類である彼らが良き隣人であることを、ガンデスは確信している。
ただ、その考えを地区の者全員が共有しているわけではない。
「私一人ならそうするのですが。皆が納得しない。祭りをいっしょにやることが条件だと言って聞かないんです」
共に祭りをすることで団結を深め、いざという時に互いに頼りやすくする。それはこの街でずっと行われてきたことだ。そのやり方に拘る者がいることは、ガンデスは理解できたし、大事にしている祭りへの参加を拒絶されたら嫌な思いをする気持ちもわかる。一方で祭りに出ることが、『国無き民』と言われるゼノヴァ人の、唯一神への信仰と合わないこともわかってはいた。
「あんたも物好きな奴だな。ゼノヴァ人のことなんて放っておくのが普通だろう?」
工房の主の言葉に、ガンデスは苦笑いした。これまで曖昧に済ましてきたのだが、彼らが寄り合いに出ないと、大事な情報が伝わらなかったりして、揉め事の種になることも少なくなかった。大きな揉め事が起きる前に、彼らを地区の仲間うちに入れてしまいたいとガンデスは考えていた。それに、友が周囲から爪弾きにされているのを見ているのを見ていい気分はしないというのも、嘘ではなかった。
ガンデスは彼らが納得して祭りに参加できる理屈を考え、ふとひらめいた。
「知っての通り、我々は多くの神を崇めている」
相変わらず、工房の主は顔を上げない。ガンデスは構わず続ける。
「それはつまり、お前さんたちの神を崇めることもできるということだ。どうだろう。今年の祭りで、我々は我々の神にも、お前さんらの神にも祈ろう。だから、お前さんらも、我々の神にも祈ってはくれないだろうか」
工房の主が初めて顔を上げた。
上手くいったかと、ガンデスが期待した、その時だった。
強い衝撃が彼の頬を打ち、身体がよろめく。耳の奥が悲鳴を上げ、口の中に鉄の味がした。
殴られたのだと、ガンデスが気づいたときには、突き飛ばすような二撃目がガンデスを襲っていた。今度こそガンデスはバランスを崩し、後ろへ倒れる。倒れた先に、石の作業台があったことは不運だった。ガンデスはそれに頭を勢いよく打ち付けてしまったのである。
それが致命傷であることは、誰の目にも明らかだった。
誰もから慕われるガンデスが殴られ、血を流して倒れている。
すぐに、若い供の一人が激怒して工房の主を殴り飛ばした。それに応戦する形で、工房の者たちが暴れ出し、さらにガンデスの供の者たちが仲間を呼び寄せ、乱闘騒ぎに発展するまで五分とかからなかった。




