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044 決着

 大通り沿いの建物は木造で、構造からすると一階部分が店舗になっているようだ。普段なら、商売の活気に満ちているのだろう。しかし今は戦時のためか、市民の多くは家に引き籠もっており、街の大通りに人の姿はほとんどない。


 一階の店舗も多くは閉ざされていた。幾人か、野次馬らしき者が、不用心に外に出てきている。


 あろうことか、そのうち一人は子連れの母親であった。


 もしかすると、閉ざされた家の中で子どもがぐずって、外に連れ出すついでに野次馬をしているのかもしれなかった。急に娘が駆け出して、有里たちのほうへ走ってくる。母親が慌てて追いかけ、有里の前で娘をなんとか捕まえる。母親は有里と目が合うと、怯えたように動きを止めた。


 有里は腰を落として、子どもに目線を合わせて微笑む。


「領主はどこにいるか知っていますか?」


 少女は大通りの先を指さして、


「あっち。広場の奥の、白い建物が領主様のおうち」


 有里は少女に礼を言って立ち上がると、母親に言った。


「危ないですから、娘さんを連れて家の中に」


 母親は困惑の表情を見せたあと、娘の手を引いて道沿いの建物へ逃げていった。


 怖がらせちゃったかな、と有里は苦笑する。


「有里、急ごう。兵士たちが呆けているうちに」


 巴絵が急かす。あまりゆっくりしていると、守備の兵士たちが我に返って、職務を思い出して殺到してくる可能性があるのだった。


「そうね。殺す人数は少ないほうがいい」


 有里は伯爵の館へと足を向ける。


 急ぐとは言ったものの、走ることなく、一歩一歩、地を踏みしめて歩く。


 市民たちは屋内から出てこないが、ひっそりと様子を伺っているはずだ。そうである以上、女王としての威厳を保つことが必要なのだった。


 広場に出ると、数人の兵士に守られた門扉越しに、正面に少女の言っていた白い建物が見えた。門には派手な装飾が施され、伯爵の派手好きが伺える。


「何者だ」


 有里たちが近づくと、兵士たちが槍を構えた。有里の代わりに、巴絵が命じる。


「伯爵に用がある。女王陛下に道を開けろ」


 女王、という単語を聞いて、兵士たちは互いに顔を見合わせた。だが、そうして逡巡していた時間は僅かで、兵士たちは槍を構え直す。


「道を開けろ。さもなくば斬る」


 巴絵が脅しても、兵士たちは武器を降ろさない。


 しかたがなく、有里は命令を下す。


「彼らを排除しなさい」


 兵士たちが物言わぬ死体に変わるまで、五秒とかからなかった。


 巴絵が門扉を開き、二人は館の敷地へと入る。そのまま玄関から堂々と館へと入る。入ってすぐの広間の正面には二階へ上がる階段がある。周囲にはあまり趣味のいいとは言えない調度品や絵画が多く飾られ、招かざる客である有里たちを出迎えた。


 たまたまそこにいたらしい使用人の女が、返り血で汚れた巴絵を見て悲鳴を上げる。


 巴絵はその女に素早く近づき問う。


「伯爵はどこだ?」


 剣を降ろして敵意のなさを示したが、女は怯えて二階を指差し、主の居場所を教えた。


「に、二階の一番奥の部屋です」


 ありがとう、と巴絵は微笑んで礼を言う。普通なら女性が赤面するような笑みだが、この状況では意味がなく、女は広間の隅へと逃げて縮こまる。


 巴絵が先導する形で、二人は二階へと上がる。伯爵は残っている戦力のほとんどを城門に振っていたらしく、館の中に兵士はほとんど配置されていなかった。伯爵の部屋の前に控えていた唯一の兵士たちもまた、巴絵によって斬り捨てられる。


 巴絵が蹴破るように、伯爵の部屋の扉を開けた。


 そこは執務室のようだ。絨毯が敷かれ、壁にはいくつもの肖像画が飾られている。おそらくは歴代の当主のものだろう。伯爵は外の騒ぎに反応して、既に立ち上がり、執務机を背にしてこちらを睨んでいた。


「私が誰かわかっているのか、無礼者め」


 伯爵は派手な衣装を着た、恰幅のいい男だった。この期に及んでこれだけ威張れるのは、ある意味で支配者の才能の持ち主と言えたが、別の意味では支配者としての資質を欠いているとも言えた。


「女王の御前だ。そちらこそ控えろ」


 伯爵は巴絵の後ろに有里の姿を見ると、ほう、と声を漏らした。


「その小娘が噂の女王様か」


 伯爵は嘲笑うような笑みを浮かべ、背後の執務机の上に置かれた剣を手に取った。


 巴絵が剣を構える。


「女王に剣を向けるつもりか?」


「私は剣の腕が自慢でね。騎士気取りの女に身の程というものを教えてやることくらいはできる。そっちの女王様にもな」


 伯爵は下品な笑みを浮かべて、剣を抜く。己の敗北を欠片も予想していない、そんな人間の振る舞いだった。


 今、有里がすべきことは、ただ一つだけ。女王として、巴絵に命じることだ。


「やっちゃいなさい、巴絵」


 女王の騎士はただ一言で応える。


「仰せのままに」


 勝負は一瞬で着いた。


 巴絵に切りかかった伯爵の首が、床に転がる。直後、血飛沫が上がって、伯爵の大柄な身体がどさりと音を立てて倒れた。


明日更新で第一部完結です。最後までお楽しみください。

明日は2話更新!

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