043 城門
女王軍の兵士たちのざわめきの中を、有里は巴絵を伴って歩いていた。
有里の歩みに合わせて、兵士たちの列が割れて道を作る。
その光景に小気味よさを感じていると、一歩後ろを歩く巴絵が言った。
「ほんと、有里はすごいよ」
「何の話?」
「ここまで堂々とできることがだよ。兵士たちのうち、私たちの顔を直接見たことがあるのはごく一部なんだよ。それでも、私たちが『女王と騎士』だってみんなわかってる。君の立ち居振る舞いが女王らしいからだ」
「まあ、私は女王だからね」
こんなのはほとんど気の持ちようなのだ。
有里の言葉を聞いて、巴絵がくすりと笑う。何がおかしいと言いたくもなるが、今は目的を果たすことが優先である。
有里たちが陣営の最前へ到達してもなお歩みつづけると、背後で兵士のざわめきが大きくなるのが聞こえた。有里は振り返ることなく、その声を背中に受けながら進む。やがて、兵士たちのざわめきは沈黙へと変わる。代わりに有里の背を押すのは、女王の背を見つめる兵士たちの視線だ。
有里と巴絵の視線の先には、都市シマニエクの城壁。
「壁の上に弓兵がいる」
巴絵が囁いた。まだ、有里の視力でははっきり見えない距離だが、女王を守る騎士たる彼女には、遠くまで見通す目も与えられているのだ。
「もうすぐ射程に入る」
「じゃあ、このあたりにしましょうか」
有里は立ち止まると、胸元のペンダントに触れる。
ミユハが神聖術を仕込んだもので、拡声器の役割を果たすものだ。
有里は大きく息をしてから、言葉を発する。
「城壁を守る兵士たちよ!」
有里の声は、神聖術で増幅され、大音量で響き渡る。これなら、確実に城壁の兵士や、街の住民にも聞こえることだろう。
「私は有里。神々のお告げによって選ばれた、リナリア王国の正統なる女王である。私は、私の民を虐げ、搾取したシマニエク伯爵にその罪を問うためにやってきた。シマニエク伯爵に告げよ! 降伏すれば命は保障すると。また、伯爵に従った者でも、降伏し、正統なる王に忠誠を誓う者の罪は問わない。兵士たちよ、城門を開けよ!」
この降伏勧告で城門が開けば幸運と言えるが、そう簡単には行かないだろう。
五分ほどして、返答は矢の雨という形でやってきた。
有里の立っていた位置は弓の射程の僅かに外側。数多の矢が有里の手前の地面に突き刺さる。
これ以上進むなと言わんばかりだが、有里は無視して歩みを再開する。矢の作る境界線を超えると、再度放たれた矢の群れが襲いかかってくる。
だが、有里に恐怖はなかった。その矢が有里の命を奪うことはありえないからだ。
「巴絵!」
命令とほぼ同時に巴絵が有里の前へと躍り出る。目にも止まらぬ速さで剣を振るい、有里に向かう矢をすべて叩き落とす。有里は再び、声を上げる。
「私の歩みを阻むことは何人にもできない。女王の騎士たる巴絵が矢を落とし、剣を折り、人を斬る。命が惜しくば、道を開けよ!」
三度目の矢の雨が降りそそいだが、先程よりも数が少ない。兵士の一部が戦意を喪失したのだろう。有里に当たる矢は再び巴絵によって弾かれ、有里は傷一つ受けずに進み続けることができた。
四度目の矢の雨は降らなかった。
そのおかげで、有里たちは難なく城門の前にたどり着く。
城門は木造の巨大な扉によって閉ざされていた。古いものの、重厚で、堅牢な印象を与える扉だった。
「城門を開けよ」
有里は壁の内側に命ずる。
だが、扉は開かなかった。女王の威光に矢を射ることを躊躇った兵士たちも、さすがに、女王のために城門を開けるわけにはいかないらしい。
有里は巴絵に目配せする。
巴絵はゆっくりと進み出て、扉に手をついた。本来は大の男が数人がかりで開くのであろう巨大な扉だ。それが少女一人の手によって、重い音を立てながらもあっさりと開いていく。
開かれた門を巴絵が潜る。その後ろから有里は堂々と街の中へと入る。守備隊の兵士に、戦意などなかった。ぽかんと間抜けな顔を浮かべて、女王の歩みを見つめるのみである。
「冗談だろ……?」
兵士の一人が呆然と呟くのを、有里は聞いた。




