038 女王の罪
どうしてこうなったんだっけ?
動かなくなった玲奈を見て、有里は自らに問うた。
この世界の争いに巻き込まれたから? 違う。燻っていた火種に油をまいたのは守子だった。
じゃあ、守子のせい? 違う。守子が馬鹿なことをしたのは、他でもない有里のせいなのだから。
あの騒ぎのあと、どこかで踏みとどまることができたのではないか。
だが、有里自身が、女王として戦う道を選んだ。
どうして選んだ? 心のどこかで驕っていたからだ。自分ならできると。
緒戦に勝ち、メレーゲを手懐けて、兵が集まったのは運に恵まれたのだと思う。
だけど、そんなことをしているうちに、有里の中の驕りは大きくなっていたのだ。
仲間を危険に晒しているのは、わかっていたつもりだった。彼女たちが、有里以上に戦いにのめり込んでいったのも見ていた。彼女たちが、有里に付いてきているのだということもわかっていた。
でも、心のどこかで油断していたのではないか。自分なら上手くできるから、友が死ぬことはないと。本陣への奇襲にしても、予想はしていたのだ。
それなのに、前線での圧倒的勝利を得るために、巴絵を側に置かなかった。
せめて、ミユハだけでも残していれば良かったのだ。
その慢心の結果が、血溜まりの中で息絶えた玲奈なのだ。
痛々しい傷跡は、有里の心を抉った。
だが、目を逸らしてはいけない。これは罰なのだから。
「有里」
守子が有里の側に膝をついた。彼女は手で血の滴る右目を押さえていた。流れた血が、彼女の服の肩を濡らしている。
「守子、目は……」
大丈夫かと問うのはやめた。大丈夫でないのは明らかだった。
「名誉の負傷だね」
へらりと笑う守子を見て、有里の息が詰まる。
「痛いけど、死にはしないよ。目は見えなくなるかも──」
「どうして!」
有里は思わず声を荒げた。
「どうして笑えるの?」
吐き気が込み上げてくる。守子との間に、深刻なすれ違いがある。それを直観してなお、そのすれ違いの正体を知ることを、有里の精神が拒絶しているのだ。
「どうして笑えるわけ? 玲奈が、友達が……こんな……」
守子に掴みかかろうとした有里の肩を、引き止める手が一つ。
文乃だった。
「会長、まずは落ち着いてください」
「文乃、私、何かおかしいこと言ってる?」
文乃は小さくかぶりを振る。
「おかしなことは言ってませんよ。怒る資格がないだけで」
きっと、文乃は誰よりもこの状況を正しく理解しているのだろう。有里自身が認めたくないことも彼女ははっきりと見据えているのだと思う。有里が望めば、彼女はもっと正論を言ってくれるのだと思う。
だが、それを受け止めるだけの余裕が、今の有里にはない。
足音がして、有里はそちらを振り向いた。
「巴絵……」
前線で戦うために、そして、有里たちを救うために、剣を振るった彼女は、返り血に塗れていた。
「巴絵、玲奈が……」
すがるように言ったのは、巴絵に何を期待したのだろうか。
一瞬だけ頭を過った自分自身への疑いに蓋をして、もう一度、巴絵にすがる。
「巴絵……」
巴絵はゆっくりと地面に膝をつき、横たわる玲奈の身体を見下ろした。玲奈の傷を見てから、巴絵は視線を玲奈の死に顔へと向ける。
そして、微かに、だが、はっきりと微笑んだ。
「巴絵……?」
なんでそんな表情をするの? その問いを言葉にすることさえ恐ろしかった。
「有里、あまり自分を責めないで」
巴絵が言った。聞きたくない言葉だった。
それ以上言わないでと拒む間もなく、巴絵は言葉を紡ぐ。
「玲奈は君のために死ねて幸せだったと思うから」
慢心など、有里の犯した罪のほんの一部に過ぎない。
それを突きつけられた気分だった。
玲奈の穏やかな死に顔がずっと語っていたというのに、有里は別の罪を悔いて、最大の罪から目を逸らしたのだ。
「なんで……どうして……」
有里は受け入れられなかった。自分がどうしようもなく狂わせてしまった友人たちの想いは、背負うには重すぎた。
「羨ましいくらいだよね」
守子が玲奈の表情を見下ろして言った。
「もうやめて!」
衝動的に叫んでいた。上ずった声音に、自分でも驚く。
みんながどんな目で自分を見ているのかを知るのが怖くて、有里は俯いたまま、立ち上がり逃げ出そうとした。だが、足が上手く動かない。ふらふらと十歩ほど歩いて、そこでそのまま地面に座り込んで蹲る。
近づいてくる足音がした。巴絵だ。
「お願い。今は一人にして」
何か声をかけられる前に、有里ははっきりと拒絶した。




