003 副会長
「私は来年の心配より、来週の代議員会の心配をしたほうがいいと思うけど」
生徒会室にいた四人の視線が部屋の入口のほうを向く。
ちょうど、一人の生徒が生徒会室へと入ってきたところだった。
まず目を引くのは、すらりとした長身。有里の記憶では、たしか172センチである。
スカートと比べて可愛くないからとあまり選択する人のいないスラックスタイプの制服は、彼女ほど足が長いと格好がつくらしい。ショートカットにした黒髪は、中性的で端正な顔立ちによく似合っていた。
「遅い! この忙しいときにどこ行ってたわけ?」
有里が注意すると、生徒会副会長・藤堂巴絵は悪びれることなく言った。
「ちょっと、後輩に呼び出されてね」
今日もまた、無謀な少女が散っていったようだ。
鮎沢女子高校は、その名の通り女子校だ。思春期の女子がひしめく空間である。
一方で、校内にいる男は、教師くらいのものだ。それも、男の教員はくたびれたおじさん教師ばかりなのである。
そんなところに、宝塚の舞台に立っていそうな、中性的な美貌の少女を放りこんだらどうなるかは、誰にでも想像がつく。
巴絵はいつも黄色い悲鳴に囲まれていた。彼女のファンは学校中に大勢いて、バレンタインの日は席にチョコレートのタワーができあがる。ほとんどの生徒は憧れるくらいなのだが、恋愛の対象として見られることも少なくない。本気の程度に差こそあれ、巴絵が同性から告白を受ける機会は非常に多いのだ。
巴絵はその告白を尽く断ってきた。悩むことなく、きっぱりと。
だから、巴絵が告白を受けることはないというのは、もはやこの学校の常識だ。
しかし、何事においても、ダメ元で突撃する人間というのはいるものだ。
そのせいで、巴絵はいまだに月に一回以上は交際を申し込まれている。これでも減ったほうだった。
「何でそんな時間かかったの?」
「相手の子が泣いちゃってね、ちょっと慰めてたら時間かかっちゃった」
「ふーーーーーーーーーーーん」
どうやって慰めたのだろう。
頭でも撫でたか、甘い言葉を囁いたのか、まさか、抱きしめるなんてことしていないだろうかと、有里は心配になる。巴絵の美貌でそんなことをしたら、相手の子は諦めることができなくなってしまうではないか。
それでは、あまりにも可哀想だ。
茶化す声が割り込んだ。守子だ。
「副会長! 会長は副会長が自分よりも他の女の子を優先したのがむかつくそうなので、謝ったほうがいいと思います!」
巴絵はニヤニヤと笑って、
「それなら素直に言えばいいのに。仕事で忙しい有里のことも慰めてあげようか? 抱きしめればいいかな?」
そう言って抱きつこうとする巴絵を手で押しのける。巴絵はいつもこうだ。
ふざけ半分に、有里を抱きしめたり、砂糖で何重にもコーティングした言葉を吐いたり。
話の流れを戻そうと、有里は叫ぶ。
「要らんわ! 仕事しろ、し・ご・と! ほら、巴絵は守子と文乃が作った予算の割り振り案にミスがないかチェックする! 私は代議員会で予算案の説明する原稿書くから、邪魔しないで!」
生徒会は普通に忙しいのである。
巴絵はすっと真面目な態度に切り替わり、
「その原稿もあとでチェックしようか?」
「そうだね。助言もらえるとうれしいかも。よろしく」
「あと来る途中で、新聞部に出くわして、予算案について聞かれたけど、回答はこっちで作成しちゃっていい?」
「それは文乃に回して」
「おっけー」
そんな二人の会話を合図に、鮎沢女子高校生徒会執行部の面々はそれぞれの仕事に集中しはじめる。
それは、ありふれた、平和な春の日の一コマだった。




