028 緊迫
「ニルバス、この者を斬りなさい」
「今、何と?」
あまりにも躊躇のない命令に、ニルバスは思わず聞き返す。それは織り込み済みだったのだろう。有里はニルバスには答えず、メレーゲ子爵に語りかける。
「メレーゲ子爵。選びなさい。私を女王と認めるか、斬られるか」
安っぽい脅迫は金村有里という人間には似合わない。文乃はそれを知っているので、そこに何らかの意図を感じるが、同じことをメレーゲ子爵が思ってくれるとは限らない。ひやひやとしながら、文乃は跪く女を見た。
「一応お聞きしますが、脅迫のおつもりでしょうか?」
「脅迫だと思うのなら、あなたは私が女王だと信じていないということです」
子爵の笑みに、一瞬だけ本物のそれが混じった気がした。
「陛下はなんとも優れた詐欺師です」
「それは忠誠心を騙し取れたと思っていい?」
「ええ、私はすっかり騙されていますので」
文乃は頭痛の種が増えたなと直観した。この二人の悪巧みに、守子あたりが乗っかれば文乃には止められる気がしない。
「さて、今後の話をしましょうか」
有里は腹の探り合いは終わったと、その言葉で宣言した。メレーゲ子爵も、その意を汲みとり、「何なりとお命じください」と応える。その笑みは相変わらず胡散臭く、本当に信用していいのか疑いたくなる。
「今後、シマニエク伯爵はどう出ると思う?」
「あれは短気で尊大な男です。敗れたまま黙ってはおりますまい。軍を立て直し、配下の村々にも動員をかけて今度こそ叩き潰しにくるでしょう」
そうなれば、こちらはレイエン村のほか、メレーゲ子爵の勢力圏から動員をかけることになる。それなりに、規模の大きな争いになるだろう。
文乃はそんな争いに突き進むことが本当に正しいのか、自信がない。
戦争なんて間違っていると言うのは簡単だ。殺し合いという愚行が、正しいはずはないのだから。しかし、その当たり前の事実は、現状を受け入れることが正しいと保証してくれることは決してない。
「聞くところでは、伯爵はあまりよい主ではなさそうだけど」
「ええ、その通りです。ですから、私の部下たちに、緒戦の勝利を喧伝させましょう。伯爵の落ち目となれば、こちらにつく村々も少なくないかと」
有里がその案を是とすると、メレーゲ子爵は補足するように言った。
「伯爵は王都のほうにも一報を入れるのではないかと思います」
「王都?」
「伯爵は四大貴族の水公の一門。自力で勢力を保てないとなれば、援軍を求めるかもしれません。我々は、早期に決着をつけるべきです」
そこに、ユキニアが口を挟む。
「子爵殿も風公の一門ではありませんか。援助を求めることはできませんか?」
メレーゲ子爵は淡々と答える。
「一応、一報は入れますが無駄でしょうね。あれは王都の塀より外側の出来事には興味のない男ですから。むしろ、陛下が王都に入られる際に、敵になるとお考えください」
文乃は眼の前の女を見る。今の発言は、言い換えればこの女は血縁のある公爵家に対して裏切りを働くと宣言したようなものだ。それはすなわち、状況次第では有里のことも裏切るということではないか。
そんな文乃の視線に気がついたのか、子爵は微笑みを文乃へ向ける。
「睨まないでください。一貴族と女王陛下と、どちらが忠誠の対象であるべきか。そんなことは、自明でしょうに」
文乃は反論することに益を見出せなかったので、沈黙で答える。
有里がぱんと手を叩き、
「さて、方針は決まった。メレーゲ子爵、部屋を用意させていますので、強行軍の疲れを取ってください。ユキニア、案内をしてあげて」
有里の指示で、ユキニアがメレーゲ子爵を連れて部屋を出ていく。
足音が十分に離れたのを聞き取ってから、文乃は有里に問いかけた。
「あれで口説けるとなんでわかったんです?」
「女の勘」
なんだそれ、文乃は呆れ返り、とにかくも苦言を呈する。
「肝が冷えましたよ。いきなり、斬れだなんて、脅迫だと受け取られて機嫌を損ねたらどうする気だったんですか」
「その可能性はあまり考えていなかったけど、本当に斬るしかなかったかもね」
それは、あまりに軽い口調だった。
どこまで本気なのか、文乃は掴みかねたが、直後に一つの光景を思い浮かべていた。
多くの装飾が施された豪華絢爛な部屋だ。名実ともに女王となった有里が玉座に腰掛けて、文乃を見下ろしている。その姿は相変わらず堂々としていて、女王の威厳を見せつけている。
そんな有里に文乃が何か諫言し、文乃は彼女の怒りを買うのだ。
有里は巴絵に文乃を斬るように命じ、何の躊躇もなく文乃に剣が振り下ろされる。
それが未来の光景でないことを、文乃は祈るが、少し自嘲したくもなる。
道を誤った主君に諫言する忠臣という役柄に自分を当てて妄想するのは、少し自己陶酔が入ってはいないだろうか。自分が奸臣となる未来も、あるかもしれないのに。
そこまで考えて、文乃はふと思い至る。どうして自分が有里の臣下になる前提なのだと。
これは私も狂気に飲まれつつあるなと、文乃は妄想を振り払う。
「会長」
あえてその呼称をはっきりと口にする。もちろん、日本語で。
「少し休みませんか」




