025 開戦
「あれは、防御用の結界か? そんな馬鹿な」
シマニエク伯爵の二百の兵を預かる指揮官・マグノは、丘の上からレイエン村を見下ろしていた。こちらの動きが偵察に引っかかったのだろう。村は防御態勢を取り、村を淡い光が覆ってしまった。
「あの村にいる神聖術師が加担したんだろうな。奴は余計なことを言わなければ、もっといい身分でいられただろうに」
答えたのは、伯爵に仕える神聖術師・ジェノサだった。
自身の技量を遥かに上回るあの女は、一応は同窓にあたる。向こうは全くこちらを歯牙にもかけない様子で、名前も覚えられていないにちがいなかった。
「あれでは、遠方からの攻撃は防がれるな」
ジェノサは苦笑する。村一つ覆う結界にしては密度が濃い。並の神聖術師では、あれほどの密度を出せないか、村を覆うのを諦めるかだろう。
「めんどくせえな。伯爵様からの命令はあの村を焼き払えだ。村を囲んだ上で、遠くから神聖術で焼き払う手筈だったのによ」
彼らの雇い主の伯爵は部下を殺した下手人を捕らえに向かった部隊が戻らぬと聞いて激怒し、村を徹底に滅ぼすと決めたらしい。できれば、領主の美人の娘だけは生かして捕らえろとの注文だが、そこまで面倒なことをするほど給料はもらっていなかった。
「なに、破れないわけではないさ」
ジェノサは自分の背丈ほどもある杖を指し示す。大掛かりな神聖術の行使を容易にするためのもので、多くの魔力回路を刻み込んである。多数の術を効率よく刻むには技術が必要で、神聖術師の研究成果の塊とも言えるものだった。
「本当か?」
「俺もある程度近づく必要があるし、一時的に穴を開けるのが精一杯だがな」
強力な攻撃をぶつけて穴を開け、塞がるまでに兵士に突撃させる。穴から入れる兵士の人数は限られるから、その場では数の優位はあまりいかせない。
ただ、立て続けにそれを行えば、どこかで敵が疲れ果てる。ある程度の兵士が村内に侵入できれば、神聖術師は自身を守るために結界を解くことになろう。あの規模の結界を維持するには、それだけ集中しなければならないのだから。
「一対一なら負けるだろうがな」
小声で、ジェノサはひとりごちた。
今のジェノサは伯爵の軍の一員である。かの神聖術師がどれだけ天才であろうとも、無意味なことだ。
「しかし、何者だろうな。神託の女王とやらは。本物かな?」
マグノに問われ、ジェノサは答える。
「大方、詐欺師だろう。ニルバス殿も、あの神聖術師もそんなのに騙されて哀れなことよ」
「だが、兵士には噂を聞いて動揺してる奴もいる。部隊が丘を越える前に様子を見てよかった。あれは村の神聖術師の仕業で女王とやらとは関係ないと事前に言える」
「とりあえず、まずは包囲だろ? 穴を開けるのはそれからだ」
すぐに作戦は定まった。
日が暮れる前に包囲は完成した。大した抵抗もなかったので、罠を疑ったが、小さな村一つに何ができるわけでもなく、結界のギリギリを囲う形で兵が展開した。
ジェノサは結界を間近で調べ、魔力の流れを読み取る。流れをよく読むことで、破りやすい場所、破れたあとに修復が遅くなる場所を割り出せるのだ。もっとも、破壊に最適な場所を狙ったら、突撃した兵士たちが内側に待ち構えた敵に集中攻撃を受けて味方に大きな被害を出す、というのはありがちな失敗なので、破壊の場所は慎重に選ぶ。
「まずはここ。次はこっちだな、三度目はここ」
地図を指差し、マグノに位置を伝える。
「一箇所目は露骨に魔力が薄いわりにその範囲が狭い。十中八九で罠だ」
注意を促すと、指揮官は顎の無精髭を擦り、
「一箇所目は慎重にいって、敵の注意を引けたら十分だ。二箇所目を本命にしたいが、問題ないか?」
「十分な数の兵士を突入させられるはずだ」
「流石だ。じゃあ、日の入りと同時に始めるぞ」
マグノが兵士たちに指示を始める。ジェノサは彼に軽く手を振って、自身が持ち場へと動くことを伝え、馬に飛び乗って村の東方に回り込む。村の東側にはちょうど結界の際、魔力が薄くなっている箇所のすぐ側に倉庫らしき建物があり、隠れるのによさそうだ。正面が第一の突撃対象となるが、敵が潜んで待ち構えているのだろう。
「俺が結界をぶち破ったら突撃しろ、待ち伏せがいるから気を付けてな」
兵士たちに改めて指示を伝える。
ジェノサは杖を構える。杖に刻まれた、結界破壊用の術の補助回路を視線で辿る。それに合わせるように、膨大な魔力が杖へ流れ込み杖の先へ集中していく。視線を結界へと向ける。魔力の流れから推定される、最も弱い部分を見据え、杖の向く先を微調整する。
照準が合い、ジェノサは術を発動。結界の魔力の流れを乱すように渦巻く魔力の塊が、結界の輝きに向けて轟音を立てて迫る。
直撃とともに魔力の壁に穴が開く。それを合図に突撃していく兵士たち。すぐに待ち伏せしていた村人たちが出てきて、兵士たちと衝突する。村人たちは武器や農具を携え、必死に兵士たちを押し留めている。ジェノサは敵の中に、レイエン家の当主の姿を認める。
好都合だ、とジェノサは用意していた馬に飛び乗る。
ニルバス・レイエンは武人として名高い男だが、彼が「囮」の側を守っているとなれば、次に穴を開ける部分は手薄に違いない。ジェノサは足を速めた。あの穴が塞がる前に第二の突破口を開く必要がある。
予定の位置に着くと馬を飛び降り、杖を構える。狙いの位置、その魔力の壁の向こうには、人影はない。身を隠せる場所はほとんどなく、わずかに置かれた木材の陰に隠れているにしても一人二人だろう。
先ほどと同様に杖の回路を目でなぞる。
魔力を集め、狙いをつけて、放つ。結界の破壊された部分を通って、兵士がなだれこむ。彼らを押し留めるだけの敵は、そこにはいないはずだった。
ところが直後、先陣を切った兵士二人がまとめて宙を舞った。




