023 嫉妬
「レイエン殿。伯爵の派遣した使者を殺害した不届き者はいずこか」
村の入口で二十人ほどの兵士を引き連れた男が、出迎えたニルバスに問うた。彼らの目的は罪人を捕らえること。それだけの人数で足りると判断したのだろう。ニルバスは適当に話をあわせているようだった。
「それと、神託の女王を名乗る不審な女もいるようだな」
男が口走る。やはり、有里の情報は彼らにも伝わっているようだ。事態はもう自分たちと密接に関わってしまっているのだと、玲奈は理解した。
物陰に隠れた玲奈は深呼吸する。隣にいたミユハが玲奈の背をさすりながら言った。
「緊張するな。この人数なら私一人で捉えられる可能性が高い」
レイエン村にとって幸いだったのが、今回の反乱に神聖術師のミユハが協力してくれたことだった。村付きの神聖術師は世の争いには干渉しないようにする者がほとんどらしいが、彼女曰く、「面白そう」という理由だという。彼女は強力な戦力だった。
手筈ではニルバスが物陰に隠れたミユハの前に兵士たちを連れてきて、彼らをミユハが神聖術で拘束することになっていた。拘束している間はミユハが動けないので、撃ち漏らしが出た場合に、ミユハの作成した罠を作動させるのが玲奈の役割だった。ほんの僅かな魔力を流すだけで作動するので、軽く手解きを受けただけの玲奈でも動かせるものらしい。
つまりは、玲奈でなくてもいいのだが、師匠の仕事を手伝うのは弟子の仕事だと、ミユハにこの役割を押し付けられたのだった。
──そういうことなら、玲奈、よろしく。
有里のその一言で、玲奈は断れなくなった。玲奈は手元に伸びた一本の糸を見る。これに魔力を流せば、その先でミユハの仕込んだ神聖術が発動するらしい。たったそれだけで、有里の役に立てる。
「下手人は向こうに捕らえています」
予定通り、ニルバスが兵士たちを所定の場所へ誘導するために歩き出した。指揮官らしき男は二人をその場に残し、残りの兵士たちを引き連れて玲奈たちのほうに向かってくる。
──あと五歩。そして、
兵士たちの列の中央が、地面につけた目印のところに達した。
ミユハが地面に手をつける。彼女の全身が淡く光る。
それと同時に、兵士たちの足元が強く発光。兵士たちが異変に気づいたその瞬間には、術が発動して兵士たちを地面に叩きつけていた。その場所の重力だけが強くなったかのように、兵士たちが地面に伏す。
「……しくじった!」
ミユハが苦々しげに口走る。術の発動範囲から、最後尾の二人の兵士だけが外れていたのだ。ミユハの術の発動に呼応して、武器を持った村民たちが飛び出したから、二人の兵士は逃げを選んだ。
「レイナ!」
ミユハの指示が飛ぶ。
玲奈は教えられた通り、手元に集中する。手の周りに漂う魔力が手のひらに集まって、指先に流れるイメージ。玲奈が流した魔力が、ミユハが事前に糸に練り込んだ魔力を押し出し、一つの魔力の流れを生み出す。
それに応答して、逃げようとする兵士の足元が光る。まるで雷に撃たれたかのように、一人の兵士が全身を震わせて倒れた。しかし、
「くそっ!」
一人が僅かに罠より先んじたため、攻撃が当たらなかったのだ。
撤退しようとする兵士に、玲奈は飛びかかった。不意をつけたおかげか、玲奈の体当たりで兵士は大きくよろめく。だが、それは一瞬のこと。抑え込もうとした玲奈の頬を、兵士の振るった腕が打った。玲奈はふっとばされるように倒れる。
「こいつ!」
兵士は身を守るために剣を抜き、その殺意に満ちた眼光が玲奈に突き刺さる。恐怖が玲奈の全身を硬直させる。思考も麻痺し、ただ眼の前の死を認識するのみ。玲奈にできる唯一の抵抗はその両目を閉ざすことだった。
剣が振るわれる風切り音がして、玲奈の身体を生温かい液体が濡らす。鉄臭さで血だと悟るも、自分の身体に痛みはない。やや遅れて、どさりと重たい音がした。
玲奈は恐る恐る目を開ける。
兵士は事切れていた。糸の切れた人形のように地面にだらりと倒れ、その周りに赤い血が血溜まりを作っている。怒りに歪んだまま生気を失った顔は直視するのも憚られた。
「無事かい?」
落とされた声に、玲奈はゆっくりと顔を上げる。巴絵の整った顔が玲奈を見下ろす。巴絵の握る剣に滴る血で、彼女に救われたのだと理解する。彼女の剣がなければ、今ここに転がる死体は玲奈だったことだろう。
「助かった」
ありがとうと言うべきだった気がするが、口に出たのはその言葉だった。
「当然のことをしたまでだよ」
巴絵のその言葉は、まさしく本心なのだと玲奈は思った。それくらい、彼女の言葉は自然で、さらりとしていた。その事実が玲奈の喉に詰まったような違和感へと変わる。玲奈は再び視線を落とし、眼の前の死体へと向けた。
もし、巴絵と自分の立場が逆だったとして、玲奈は同じことができただろうか?
おそらく無理だ。剣を上手く振るうことができないか、もしくは人を殺すことを躊躇するか。
巴絵は玲奈とは違うのだ。何かが、決定的に。
自分が羨んでいるのか、哀れんでいるのかも曖昧なまま、呟く。
「すごいよ、巴絵は」
その呟きが聞こえなかったのか、聞こえなかったふりをしたのか、巴絵は応えなかった。もはや玲奈には関心がないのか、村人たちが、ミユハの捕らえた兵士たちを縛り上げていくのをじっと眺めているだけだった。




