021 父娘の決意
ニルバスの書斎のドアをノックする。どうぞと声がして、有里はドアを開ける。書斎にはニルバスだけでなく、ユキニアの姿もあった。ユキニアは発生した事態を父に伝えたのだろう。ニルバスは机に肘をつき、眉間に皺を寄せていたが、すぐに表情を取り繕って穏やかに有里と巴絵に問いかけた。
「あなたがたも現場に居合わせたそうですな」
その言葉に、批難の色はなかった。ユキニアは守子の口出しをニルバスには伝えなかったのだろう。
「大変、申し訳ございません」
有里は深く頭を下げる。この世界の謝罪の作法は知らないが、有里たちの作法で十分な謝意を尽くせばよかろう。申し訳なさで言えば土下座したいくらいだが、そういうものには使い時がある。
「頭をお上げください。謝っていただく理由がありません、むしろ、あなたの名を勝手に娘が利用したようですが」
有里は頭を下げたまま、
「いいえ。ご令嬢が行動を起こされたのは、私の部下が余計な入れ知恵をしたせいだとわかりました。詫びて済む問題ではありませんが、謝罪させてください。このたびの騒ぎの責任は全て私が負いますので、どうか当人を含めて部下たちには寛大な措置をいただけないでしょうか」
ニルバスの思考する一瞬が、有里にはとても長く感じられた。緊張で喉が苦しいと思ったのは、いったいいつ以来だろうか。
「責任を負うとはいかようにして?」
「私を、村人を謀った罪人として捕らえてください。伯爵に差し出すなり、その手で殺すなり、危機の回避のために、私の身を好きに利用していただいて構いません」
「つまり、部下の罪を被って死ぬと?」
有里が沈黙で応えると、背後で巴絵が息を飲んだのがわかった。
やや間があって、ユキニアが声を上げた。
「父上、たしかにモリコ様から助言を受け、この度の企みを実行したのは事実です。しかし、実行に移したのは私です。その責任をユウリ様に押し付けるのは、道理に合わないのではないでしょうか」
「ならば、お前が死ぬか?」
ニルバスの言葉は重く、ユキニアが僅かにたじろいだ。だが、ユキニアはそこで退かず、毅然と父親に反論した。
「私には、死ぬつもりなどありません。横暴な強者に隷従し、守護すべき民を虐げ、恩義ある者を切り捨てる無様な生き方を、私は望みません。私は私の生を誇るべきものにするために、戦いたいのです。父上、今こそ、立ち上がるときです。共に立ち上がってはくれませんか」
ニルバスはすぐには何も言わなかった。しかし、その時間はもはや葛藤のための時間ではなく、決断のための勇気を奮い起こすための時間だった。沈黙は長くは続かず、ニルバスの笑い声によって破られた。
「愛娘にこんなことを言われて尻込みするようでは、父としての威厳も、王国騎士としての名誉も保てまい。ユウリ様、頭をお上げください」
有里は素直に頭を上げ、ニルバスの顔を見る。ニルバスは朗らかな笑みに、隠しきれない闘志を宿していた。
「危機の回避のために、御身を好きに利用してよいのでしたな?」
有里が頷くと、ニルバスは言った。
「ならば、大義名分として利用させていただきますぞ。女王陛下。ユキニア、村へ行ってミユハ殿と村長を呼び出せ。親書は書いておくからメレーゲ子爵へ使いも手配しておけ」
父親の指示を受けて飛び出していくユキニアの背を見送って、ニルバスが慨嘆する。
「娘も大きくなったものだ……」
ニルバスは視線を有里に移し、
「しかし、女王陛下、あなたに見事に乗せられてしまいました」
どこまで計算の上だったのかは、正直なところ自分でもよくわからない。全責任を取ると言って頭を下げたときには、ユキニアが私に啖呵を切ることも、ニルバスがそれを拒めないことも織り込み済みだったような気もする。だが、同時に、自分が責任を全て被るのを本気で覚悟していた気もするのだ。
「さて、何のことでしょう?」
有里の下手くそなごまかしに、巴絵が堪えきれずに吹き出した。
※
有里たちが書庫に戻ると、守子が床に正座させられて、それを仁王立ちの文乃が見下ろして、がみがみと説教を食らわしているところだった。
どうやら、守子は自らの罪を文乃に説明したらしく、有里から文乃に説明する手間は省けたようだ。有里たち生徒会で、怒らせると一番怖いのは間違いなく文乃である。
文乃は有里に気がつくと、
「会長、どうするつもりですか?」
と問うた。レイエン父娘とのやりとりを説明すると、文乃は目の笑っていない笑顔を浮かべる。
「会長も正座しますか?」
「そうしたいところだけれど」
と前置きしてから有里は近くにあった椅子を引いて腰掛け、大仰に足を組む。
「どうやら、迂闊にそういうことはしないほうがいい立場になっちゃったみたいだから」
ニルバスとユキニアは一世一代の賭けとして、有里を神託の女王とやらに祀り上げるつもりなのだ。歩く大義名分が、いちいちそこらの年下の少女に膝を屈していたら、女王の権威は台無しである。
「本気なんですか?」
「さあね。どっかの誰かさんのせいで、他に道がなくなっただけ」
有里と文乃の視線が守子に向くと、守子はびくりと身体を震わせる。どうやら、文乃によっぽど厳しく言われたらしい。文乃は有里に向き直り、
「無茶はしないでくださいね」
「止めないんだ?」
「ここでやめろといって立ち止まる人に付いてきた覚えはありません」
皮肉九割、といったところだろうか。
有里はそう自惚れつつ、もう一つ問うておくべきことを文乃に尋ねた。
「で、あなたはどうする? ここを離れるならニルバスさんに相談するけど」
文乃は溜め息をついて、
「先輩たちを置いて、私一人だけ逃げるわけにはいきませんよ。もっとも、荒事のようなので、私がいても何の役にも立ちませんし、邪魔だから去れというなら従いますが」
この生真面目な後輩を巻き込んだことに、有里の胸が痛んだ。なるべく顔に出さないように気をつけながら、有里は文乃に言う。
「いてくれると心強いかな」




