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020 守子の告白

 乱暴にドアを開けて、レイエン家の書庫へと踏み込む。駆け込むように入ったためか、中にいた二人のうち、文乃が驚いて顔を上げる。対して、守子のほうは、有里が怒って帰ってくるのを予期していたのだろう。行儀悪くテーブルに腰掛けて足を組んで、書類をめくりながら、平然と出迎えた。


 守子は間の抜けた声で言った。


「おかえり〜」


 有里が守子に詰め寄ると、守子はようやく顔を上げて、


「どうしたの? そんな怖い顔して?」


 とわざとらしく小首を傾げた。


「さっき、村の広場で事件があったんだけど」


「そうみたいだね」


 ここまで騒ぎは聞こえていないはずだ。守子は興味のないふうに装いつつも、関与を認めたのだろう。有里は声に圧を籠める。


「言い訳があるなら、聞いてあげるけど?」


 守子は小さく息を吐き、


「この世界から帰るのは簡単じゃなさそうってのはわかってたからさ。どうせこっちの世界で生きるなら、面白いほうがいいでしょ?」


「面白い……?」


 あまりに軽い響きの言葉に、有里は戸惑う。


 目の前の友人の笑みは、あまりにいつも通りのものだった。半端な真剣さがないがゆえに、彼女の言葉が本心なのだと思い知らされる。全く会話について来られない文乃が視線を有里と守子の間で言ったり来たりさせたあと、縋るように巴絵に向けられた。巴絵は黙ったままだ。


 有里は守子に問う。


「そんなことのために、村の人たちを巻き込んだの……?」


 守子は体重を預けていたテーブルから立ち上がり、有里の正面に立つ。


「私はさ、有里に出会えて幸せだと思ってるんだよ。生徒会に誘ってもらえたこともね。有里が何かを成すのを側で支えるのは、こんなに楽しいことあるのかって感じ。退屈な灰色の人生が有里の側では鮮烈に色づく。だから、有里にはこの世界でも、何かを成してほしい。私はその側にいたい」


 めちゃくちゃだ。


 有里は目眩を覚えながらも、守子に向き合って、問いかけた。


「それが、どうしてあんな暴挙になったの?」


 有里たちがこの世界で生きていくとすれば、たしかに有里自身はニルバスの、この世界の食客に甘んじるつもりはない。できることを見つけて、何かを成そうとするだろう。それが、この世界の争いに首を突っ込むことである必要はない。ましてや、争いを煽るなど。


 守子はあっけらかんと言う。


「どうせなら、スケールが大きいほうが面白いでしょ。迷い込んだ異世界で、有里が伝説の女王になる。面白そうな話だよ。有里はきっとすごいことをやってくれると、私は信じてる」


 有里は卒倒しそうになるのを必死に堪えて、守子に言う。


「異世界の空気に酔ってるみたいね」


 それは苦し紛れの言葉だった。彼女が酔っているのは、この世界の空気にではないことを、有里はよくわかっていた。彼女を蝕んでいる麻薬の正体は、他ならぬ有里自身である。


「そうかもね、だけどさ、有里は言ってたよね。あの菟が、人生の転機に道を示してくれるかもしれないって」


 守子の軽薄な笑みに、いつもと違う色が交じる。口元が自嘲して歪む。


「私は、運命ってやつを信じるタイプなんだよ」


 狂気と熱に支配されたとも思える守子だが、彼女の計算は極めて冷たく鋭利だった。


 有里を巻き込んで事件が起きた以上、有里は何らかの決断を迫られている。その時間的制約に加え、守子は有里だけでなく自分自身が事件に関与することで、自らを人質にしたのだ。それは有里の判断の幅を狭め、そして、有里の中で蠢く感情が有里の自制心に付け入る機会を与えていた。


 有里がたった今下した決断が、結局のところどのような感情に基づくのかを、有里自身も理解していなかった。少なくとも、守子の策はおおよそ成功したと言っていいだろう。


「守子、舌を噛まないように気をつけて」


 有里はそう前置きする。こういうときの力の加減など知らないし、加減するつもりも全くなかった。とにかく思いっきり、有里は守子の頬を引っ叩く。


 ぱしんと綺麗な音がなって、守子は大きくよろめく。倒れそうになる彼女を、側にいた文乃が抱きとめる。


「会長! 何するんですか!?」


 会話に置いてけぼりを食らっていた文乃にしてみれば、先輩二人が突然喧嘩を始めて、あろうことか有里が暴力に訴えたようにしか見えまい。彼女はほとんど涙目だ。有里は後できちんと説明するからと、文乃を宥めてから、彼女に支えられたままの守子に視線を戻す。


「罰は与えたからね」


 守子は頬を抑え、いつもの軽薄な笑みに戻って、有里を見上げた。


「次はグーでよろしく」


 悪趣味な冗談に、有里は守子の頭を軽くグーで小突いて応えると、身を翻す。


「巴絵、行くよ」


 自然とそう声をかけて、有里は巴絵を伴い書庫を出た。

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