016 供を連れて
レイエン家の書庫はさほど大きくはなかったが、装飾の凝った立派な装丁の本が多数収められており、この世界においては立派な書庫の部類なのだろう。
「『迷い人』に関することは、王都の神聖術師が書いた本に記載があったはずです──これですね。『迷い人』になった男の体験を聞き取った記録が別の本に──」
書庫をよく把握しているらしいユキニアがテキパキと棚から本を取り出す。さらに反対側の棚に移動して、収められた書類の束を指して、
「それから、こちらの棚には我が領地に関する文書が保管してあります。私が生まれる数年前に『迷い人』が領内に現れたらしいので、お時間をいただければその時の記録を探させていただきます」
有里はユキニアの抱えていた本を手に取り、開いて中を見た。書き込まれているのは、初めて見る文字で、見た目はギリシャ文字に近そうだが、一つとして知っている文字がない。それにもかかわらず、有里は書かれていることを理解することができた。どうやら、言葉を理解できるのは文字情報でも同じようだ。
「守子も読める?」
念のため、隣にいた守子に本を見せる。
「読めるよ。気持ち悪いくらいに」
有里は頭の中で考えを巡らせる。文字が読めないとユキニアに頼らざるをえないと思っていたが、文字が読める以上、ユキニアに手伝ってもらう必要性は薄い。ユキニアに書類を探させるくらいなら、他の誰かに仕事を投げたい。ユキニアには色々聞きたいことがあるのだ。
「『迷い人』のことに限らず、この世界のことをよく知りたいのだけれど、他の本も見ていい? それと、よく物を知っている人はどこかにいない?」
「本は丁寧に扱っていただけるならご自由に。物知りな方でしたら、村の神聖術師のミユハ様をご紹介します。王都の学校で学んだ方で、私の家庭教師も務めていただいています」
有里はしばし考えてから、
「じゃあ、その人のところに案内してもらえる?」
有里の頼みに、ユキニアはかしこまりましたと頭を下げる。
「巴絵──は守子と文乃といっしょに資料の情報を整理して。『迷い人』のこと、この国の社会や地理を中心にお願い。分担は任せる。玲奈は私と来てくれる?」
玲奈は一瞬だけ意外そうに眉を吊り上げたが、すぐに、わかったと頷いた。他の三人も了解と答え、素早く仕事に取り掛かる。ユキニアは「では、ご案内します」と書庫の扉を開け、有里は玲奈を連れて書庫を出る。
レイエン邸の門を出たところで、玲奈がぽつりと尋ねた。
「巴絵と何かあった?」
「別に。どうしてそう思うの?」
「本当は、こういうときに有里のお供をするのは巴絵の仕事。さっき、いつも通り巴絵を指名しようとしてやめたよね」
一瞬の逡巡を読み取られていたようだ。有里は話題を逸らそうと、
「お供って、その言い方は何よ」
「そうでしょ。資料探しと違って、誰かの話を聞きに行くのに人手は要らないんだから、今の私の仕事は有里に付いていくことなんだよ。そういうのを『お供』って言うんだよ。常日頃から巴絵を連れ回してるから、今回も誰かを連れていきたかったんでしょ」
言われてみればその通りだ。玲奈も書庫に残して資料探しを手伝わせたほうがよかった。昨夜のことで巴絵に付いて来させるのは気まずいからと、巴絵を書庫に留めおくことを決めたあと、有里は無意識に、巴絵の代わりを探したのだ。
言葉を詰まらせる有里に対して、玲奈は一つ聞いていいかと前置きをしてから問うた。
「今回、私を選んだのはなんで?」
有里の中で、それに対する答えは一つだけだった。
「適材適所。それ以外にある?」
玲奈はふーんと投げやりに返事をし、それ以上のことを言おうとはしなかった。
そこに遠慮がちに、ユキニアが口を挟む。
「失礼ですが、お二人は今、どういうお話をされていたのですか?」
レイエン邸を出てからの会話は日本語でしていたので、ユキニアには理解できなかったのだ。玲奈が取り繕うように言う。
「ちょっとした雑談だよ。配慮が足りなかった、ごめん」
ユキニアは慌てて、
「申し訳ありません。謝っていただく必要は全くありません。ただ、不思議な言葉なので興味が湧いてしまい……」
有里はふと思いついて、
「私たちの言葉を教えようか?」
ユキニアはぱあっと顔を輝かせる。
「ぜひ! よろしくお願いいたします! さっそく今から……と言いたいところですが、また時間のある時に。あそこに見えるのが、ミユハ様のお宅ですので」
ユキニアの指さしたその家は村の外れにあった。木造のようで、家というよりは小屋と言ったほうが近く、村の他の家よりも粗末なように見えた。領主の娘の家庭教師をするのなら、村ではそれなりの地位にあるはずなので、不釣り合いに思える。
「神聖術師というのは、質素倹約に努める義務でもあるの?」
「いいえ。普通は領主のお抱えとして館に住み込んでよい待遇をもらうものです。領地で一番の知恵者であり、領地の守りの要となる方ですので」
「じゃあ、あの家は?」
「その……ミユハ様は相当な変わり者なのです。本来なら王都で大貴族のお抱えになるべきところ、不興を買って王都にいられなくなったとか……」
なるほど、と有里はその人柄を推し量る。権力者の不興を買う人間は、よほどの大器か、真のろくでなしのどちらかだ。




