015 翻訳
翌朝、有里が目を覚ますと、隣に巴絵の姿はなかった。
覚えているかぎりでは、巴絵がベッドを出ていってはいないから、巴絵のほうが先に目覚めたのだろう。巴絵はかなり早起きなのだから、そうに違いない。そう自分を納得させてから、有里は身体を起こして伸びをする。
廊下に出たところで、ちょうど文乃と鉢合わせた。
「おはようございます。会長」
「おはよう、文乃。巴絵を見なかった?」
「巴絵先輩なら、外ですよ。窓から見えました。他の二人もいっしょみたいです」
有里は首を傾げる。巴絵は昔から早起きで、玲奈も運動部時代の名残で早朝に目が覚めるらしい。一方で、守子は朝が弱かったはず。慣れない環境で眠れなかったとかだろうか。
「私たちも行ってみますか?」
文乃の提案で、二人は外へと向かう。こちらに気がついた守子が手を振った。
有里たちは駆け寄っていく。一瞬だけ有里は巴絵と目があったが、すぐに逸らしてしまった。
昨夜のあれのせいで、かなり気まずい。
「何してるんですか?」
文乃が守子に問うた。
「いや、ちょっと気になることがあって、頑張って早起きして、日の出を見てたんだ。面白いことがわかったところで、ちょうど巴絵と玲奈が出てきたから説明しようとしてたところだよ」
守子の答えに、有里と文乃は同時に聞き返す。
「面白いこと?」
「大いなる存在の欠片かな」
意味深なことを言ってから、守子は遠くに見える山を指差す。
「昨日、日はちょうどあの山の頂上のところに沈んだ。で、今、太陽はあっち」
守子はほぼ反対側に輝く朝日を指差す。守子は腕を右に少しだけずらした。
「そして、さっき観測した日の出は、今、太陽が見えてるちょっと右側の山のところだった」
その事実に抱いた、小さな違和感の正体に真っ先に気がついたのは文乃だった。
「太陽が反時計回りしているわけですね」
「その通り。昨日、村に着いたときの日の位置と日没の位置で、あれっと思ったんだけど、やっぱりそうだった」
太陽が東から昇って南中して西に沈めば、時計回りになる。今見ている太陽は逆回りなのだ。
「つまり、西から昇る太陽か。気持ち悪いね」
玲奈がぽつりと言った。
「間違ってないけどハズレ」
「え?」
怪訝な顔をする玲奈。守子が説明を続ける。
「昨日のうちにユキニアに聞いておいたんだよ。『東はどっち?』ってね。そうしたら、ユキニアが指さしたのは、あっちだった」
そう言って、守子が指さしたのは、今、太陽の見える方角だ。つまり、太陽は東から昇っている。
これらの事実からわかること、それは単純だ。
東から昇った太陽が、北を回って西に沈む。それは、この世界特有の現象などではない。
「ここは南半球なのか」
巴絵が呟く。ちっちっち、と守子が指を振った。
「正解。だけど、玲奈に言ったでしょ。『間違ってないけどハズレ』って」
やや間があって、文乃があっ、と声を上げた。
「ユキニアさんに尋ねたとき、守子先輩は当然、この国の言葉を使ったはずですね。だとすると、日本語の『東』ではなく、この国の言葉の『東』はどちらかと尋ねたはずです」
有里は文乃の言わんとすることを理解した。
「なるほど。太陽の動きからは『この場所が北半球で、太陽は西から昇る』と『この場所が南半球で、太陽は東から昇る』の二通りの解釈ができて、そのどちらを採用するかは私たちの言語認識に依存するのね」
南北は人が勝手につけたラベルで、ひっくり返しても問題ないのだ。例えば、太陽の動きは変えずに地球の南北のラベルをひっくり返すと、それに合わせて東西のラベルも反転するので、「西」から昇る太陽ができあがる。その状態だと「北半球」にあるシドニーでは、「西」から昇る太陽が反時計回りに「南」を回って「東」に沈む。それはこの世界の二通りの解釈のうち、前者の解釈と全く同じなのだ。
このように相対的なものに過ぎない地球の東西南北と、この世界の「東西南北」という二種類のラベルが対応付くのは、有里たちがこの国の言葉を無意識に日本語翻訳できているからである。
「ちなみに、しれっと半球って言ってるけど、それもユキニアに聞いてみたよ。この世界が丸いのは常識だってさ」
守子が補足を入れる。その横で、玲奈が腑に落ちないという顔をしていた。
「その屁理屈がどう重要なのかわからないんだけど」
その疑問に答えたのは巴絵だった。
「私たちがこの国の言葉を理解できる理由はよくわからないけれど、私たちをこの世界に連れてきた存在がいるのならば、今の私たちの言語認識はそいつの解釈ってことだからね。尻尾を掴むのには程遠いが、影の先くらいは見つけられた――かもしれない」
言ってみればそれだけのことだが、貴重な情報には違いない。情報が何もないよりはマシである。
「ああ、そういうことか」
玲奈はそれ以上のことは何も言わなかった。




