014 それを君が望むなら
その夜、小さな問題が発生していた。
レイエン家の屋敷は小さな領地を治める領主の館としては十分なものであった。当然、客間もあるのだが、大勢が泊まることはほとんどなく、すぐに用意できる客用のベッドが四つしかないのだという。
有里たちは五人。ベッドが一つ足りなかった。
ユキニアが自分のベッドを使うように申し出て、すぐに使用人の女性が「お嬢様に不便はかけられません、私のベッドでよければ」と言い出し、それにユキニアが反論して、収集がつかなくなりそうだったため、すかさず巴絵が、
「じゃあ、私と有里が一つのベッドを使うよ。小さい頃はよくいっしょに寝た仲だからね」
とさらりと言って、いくつか押し問答があったものの、その場は収まった。
「いっしょに寝るのは嫌かい?」
有里に問いかけた巴絵は男ものの服を着ていた。着てきた制服が汚れたため、服を借りることになったが、背が高いせいでユキニアや使用人の服ではサイズが合わず、村の青年のものを使用人が借りに走ったのだという。
有里は巴絵から顔を逸らして言う。
「別に嫌じゃないけど」
「けど?」
「……なんでもない」
気恥ずかしい、とは言えなかった。女友達同士で同じベッドで寝るくらい、特段おかしなことではないのだ。ましてや二人は幼馴染で、今更気を使う必要はない。
「色々あって巴絵も疲れてるでしょ。早く寝ましょ」
有里は勢いに任せてベッドに倒れ込む。巴絵がランプの火を消し、隣に寝転がる。ベッドは二人で寝るには少し狭く、目を閉じても互いの気配を感じてしまう。有里は寝返りを打って巴絵に背中を向けた。
有里は寝付けずに暗闇の中で今日のことを思い出していた。代議員会での予算の可決、神社へのお礼参り、そして、この世界に有里たちを導いた菟たち。彼らの導きの先で、賊に襲われているユキニアに出会った。助けに入って、巴絵は……
「巴絵、起きてる?」
こみ上げてくる罪悪感から逃れたくて、気づけば有里は巴絵に声をかけていた。すぐに返事があった。
「起きてるよ。どうかした?」
「ごめん」
「謝罪を受けるべきことをされた覚えはないけどな」
「私が変なこと言ったばかりに、巴絵に酷いことさせちゃった」
命令したから、とはっきり言葉にするのは避けてしまった。
有里の肩に、巴絵の手がそっと触れる。
「謝ることじゃない。君が決断して、ユキニアを救った。それだけだ」
「でも……」
「でも、じゃない。君はそうしたんだよ。そして、私はそれを手伝った」
手伝った。実際に起きたことに比べると、あまりにも軽い響きだ。それが巴絵の配慮なのか、何らかの倒錯なのか、有里にはわからなかった。
「それは巴絵の意志?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「だって、あのときの私たち、普通じゃなかった。何か得体のしれない力に動かされた。そんな気がするの」
あのときの有里の中にはある種の全能感のようなものが満ちていた。隣にいる少女が、自分の望みを叶えてくれると、心の底から信じた気がする。そして何よりも、自分の行動に何の疑問も抱かなかった。
「そうだね。私たちは普通じゃなかった。だけど、得体のしれない力とやらがなくても、私は同じことをしたよ」
「なんでそう言えるの?」
「あのとき、君がユキニアを救うことを望んだからだ」
有里の息が詰まる。苦しさから逃れたくて、つい、嫌な質問を投げかけてしまう。
「まるで私が望めば何でもするみたいな言い方ね?」
「そのつもりで言ったけど」
ああ、まただと、有里は思った。巴絵とは互いのことを理解しあっている。そこを疑ったことはない。だけど、二人の互いに対する想いの間にある断絶を、有里は感じることがある。巴絵が有里に向ける想いは、有里が巴絵に向けるそれと決定的に異なっている。
「じゃあ、私にキスしてって言ったら、キスしてくれる?」
口に出してから、後悔が襲ってくる。
巴絵から、どんな言葉が返ってくるのかはわかっている。その言葉を、有里は聞きたいと思わない。耳を塞いでしまおうと、腕を動かそうとしたが、巴絵が答えるほうが早かった。
「それを君が望むなら」
聞いてしまった。有里は苛立ちと罪悪感とを抱きながら、今度こそ耳を塞ぐ。
「そんなキスならいらない」
これ以上、言葉を交わさなくていいように今夜は眠ってしまおう。
有里は堅く目を閉じた。




