013 相談
「私、そんな偉そうにしてるように見える?」
有里の問いに、からかうような口調で、守子が応える。
「有里、もしかして、学校で『女王様』って陰口叩かれたの、まだ気にしてたわけ?」
「まあね」
前の選挙のとき、対立候補の陣営は現職候補である有里を「女王」と評した。一部からの支持を得ただけにもかかわらず、全校生徒の代表面して踏ん反り返っている。そんな悪口だった。誰からも好かれるのは難しく、その声に同調する者もそれなりにいた。彼女たち曰く、生徒会役員たちは女王の下僕らしい。
「あんなの、ネガキャンなんだから気にしなくていいのに」
「私はそこまで図太くないの」
悪口なんて無視するのが一番と知っていても、それを実行するのは容易いことではない。わざと聞こえるように言う奴だっている。
「それに、さっきにニルバスさんのあれは悪意じゃなかったでしょ」
ニルバスはわずかなやり取りから、有里と玲奈の関係を主従と判断したのだ。どこにそんな要素があったのかはさっぱりわからないが、あれが嫌味の類だとは思えない。
「私がなりたいのはリーダーであって、女王様なんかじゃないの」
有里は自分には、リーダーとしての才能が多少はあるという自負がある。だが決して、誰かの上に立ちたいと思ったことはない。有里がなりたいのは皆の前を歩く人であって、皆の上に立つ人ではない。誰かと共に歩みたいのであって、誰かを従わせたいのではない。
「私は別に構わないけどね、女王様の下僕でも」
守子はへらりと言ってのける。有里が睨みつけると、ごめんごめんと軽薄に謝る。
「言っとくけど、私、あれのこと結構根に持ってるからね」
あれ、とは例のネガキャンを受けて守子が勝手に始めた対抗キャンペーンだった。守子は巴絵と玲奈を巻き込んで、有里にわざと恭しく接した。殊更に有里を「我らが女王陛下」と呼んでみせたのである。鬱陶しがる有里と合わせてそれはコントのようで、有里が親しみやすい人間だということを印象づけることに成功した。その代わり、「女王様」というネガキャンによって生まれた渾名が、「女王陛下」と少しばかり形式ばった形ですっかり有里の称号として定着してしまうことになったのだった。それは有里自身にとっては不本意で、有里はその渾名で呼ばれるたびに守子を睨んだ。
微妙な空気の中で、口を開いたのは文乃だった。
「はっきり言って、会長が女王になりたいかどうかは、今はどうでもいいです」
文乃の言葉はきつい口調ではあったが、正しかった。だからこそ、有里も、他の誰も言葉を返さなかった。文乃は言葉を続ける。
「少なくとも、この国に残されている神託と、我々――特に会長と巴絵先輩の状況が符合していることは事実です。もし、神託と我々がこの世界に迷い込んだことに関連があるなら、伝承について調べれば、元の世界に帰る手がかりになるかもしれません。つまり、会長がその神託の女王であるかいなか、そっちのほうが大事です」
守子がうんうんと頷き、
「で、文乃はそれについてどう思うわけ?」
「私は会長が神託の女王とやらである蓋然性は高いと思っています」
「その心は?」
「繰り返しになりますが、状況が符合しすぎています。我々が異世界からこの世界に迷い込み、会長の瞳の色は青く、巴絵先輩の瞳の色は赤く変わりました。不思議な力で我々はこちらの言葉も話せる。偶然が重なった可能性も否定はできませんが、これだけの偶然が重なる確率は低いです」
もっともな意見だと、有里は頷く。心情的に受け入れがたいことを横において事実だけを見れば、有里も偶然でないと判断するだろう。
そこで、玲奈が口を挟む。
「それに、あいつらを倒した巴絵も普通じゃなかった」
「玲奈!」
守子が叱責するが、出た言葉は引っ込まない。不安になって有里は巴絵のほうを見た。巴絵は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「私は平気だから、安心してよ」
彼女の服にはまだ血の染みが残っている。有里の視線に気がついて、巴絵は、ああこれかと染みを指で撫でる。
「着替えが必要だね。借りられないか訊いてくるよ」
とだけ言って、さっさと部屋を出ていってしまった。
「玲奈、あまり私を怒らせないで」
自分の口から出たとは思えぬ圧のある声に、有里は驚いた。玲奈は気圧され、気まずそうに視線を逸らした。おどけて何か言おうとした守子を有里は視線で刺して黙らせる。
「会長。私情を挟むのはやめてください」
「文乃、あなたも黙って」
「嫌です。事実はきちんと事実と受け止めるべきですから」
有里はしばらくにらみあうが、文乃が退かないとわかるとため息をつく。
彼女の正論に耳を貸して損をしたことはない。
「ごめんなさい。私が悪かった」
淡々と文乃は状況の整理を続ける。
「正直、私もあまり触れたくはなかったのですが、見ないふりはよくありません。巴絵先輩の示した力は神託のうち『女王の剣』のくだりに一致します」
「それもふまえると、神託と私たちが関係している可能性はさらに高くなったと言うべきか……。だとすると、その神託とやらについて調べるのが帰る方法を見つける近道?」
有里の意見に文乃が付け足す。
「神託といわず、この世界のことを広く調べたらいいのではないでしょうか。基本的なことを押さえてからのほうが、見落としが減る気がします」
「でも、時間かからない? 帰るなら早いほうがいいでしょ」
「急がば回れですよ」
議論を始めた有里と文乃に対して、玲奈が言う。
「……二人は帰る手段を探すつもりなの?」
有里たちは、ぽかんとして玲奈を見た。
「そのつもりですけど」
当然だとばかりに、文乃が言うと、玲奈は取り繕うように笑う。
「そうだよね、そりゃ」
ちらりと玲奈が有里の顔色を伺う。有里は助け舟を出すことにした。
「帰れる保証はどこにもないし、一生この世界で暮らしていかなければならないかもしれない。だとすると、とりあえずこの世界のことを知るのが最初だと思う。この屋敷に書庫か何かあると思うし、明日、そこを見せてもらいましょう。あとは、ニルバスさんやユキニアにいろいろ質問するとか」
異議なし、と三人が同調する。
巴絵が戻ってきてはいないが、異議を唱えることはないと有里は確信していた。




