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012 領主の家にて

 娘にゲンコツを見舞った男は改めて有里たち向き直り、頭を下げる。


「私、レイエン家の当主、ニルバスと申します。この度は娘が危ないところを助けていただいたとのこと。父としてお礼申し上げます」


 娘への説教よりも、恩人への礼を優先するためか、ニルバスは説教を打ち切り、有里たちを屋敷へと案内しはじめた。


 村の真ん中を突っ切った先に、レイエン家の屋敷はあった。それが領主の屋敷であるというのは、一目でわかった。貴族のお屋敷、というには小さいようだが、周囲に点在する家々よりも明らかに大きく、使われている白い石材も見るからに質がいい。屋敷はぐるりと塀で囲われていて、入口にはアーチ状の門。その頂点には家の紋章らしきものが刻まれている。


「あまり豪勢な歓待はできず、申し訳ありませんが……」


 と応接用らしき部屋に通され、有里たちは勧められるままに椅子に座る。お疲れでしょうからと、コップに注がれた水が供される。今、茶を用意させていますので、と畏まられると、かえってこちらが困ってしまう。


 有里はあまり気を遣わせまいと、自分たちが道に迷っていたことを話すことに決めた。


「お気遣いなく。こちらこそ、お礼を言いたいくらいですから。たまたま娘さんに出会わなければ、森で野宿するはめになっていたかもしれません」


「旅の途中で道に迷われていたのですか?」


「そんなところです」


 ニルバスは有里を観察し、他の面々にも視線を走らせる。次に彼が目を止めたのは、有里たちがもってきた鞄だった。五人とも学校指定のスクールバッグである。


「旅をするには荷物が少ないですな。もしや、『迷い人』でしょうか?」


 その単語は、ユキニアも言っていた。「迷い人」と日本語の訳語が思いつく程度には、意味の取れる単語だった。だが、有里たちにはその文脈を理解することができなかった。「道に迷っている人」というだけの単語ではないようなのである。


 きちんと聞いておいたほうが、今後のためだろうと、有里は問う。


「『迷い人』とはどういう意味ですか?」


「そのままの意味ですが」


「こちらの言葉に不慣れでして」


 ニルバスは怪訝な目でこちらを見た。有里たちは流暢に言葉を話しているはずで、「不慣れ」には聞こえなかったのかもしれない。だが、ニルバスはすぐに表情を取り繕い、答えてくれた。

 

「土地の魔力の暴走に巻き込まれて、気がついたら見知らぬ遠くの土地にいたという事故があるでしょう。その被害者をこの国では『迷い人』と呼ぶのです」


 有里たちは顔を見合わせる。魔力なんていうファンタジーな単語も気になるが、それよりも大事なのは、気がついたら見知らぬ土地にいた、というのはまさしく有里たちが体験したことそのものだということだ。有里はすぐに自分たちは「迷い人」であると告げ、日本という国から来たことを話した。案の定というべきか、ニルバスも日本の名を知らなかった。


「有里、事情を全て話したらどうかな。私たちがおそらく、この世界とは違う世界から来たということも含めて」


 巴絵があえて、こちらの言葉を使って有里に提案する。もちろん、それはニルバスに聞かせるためにそうしたのだ。ニルバスが目を見開く。


「違う世界から来た?」


 有里たちは経緯を話す。まずは名を名乗るところから始め、出来事を一つずつ話していく。自分たちが日本という国の学生であること。神社で菟を見たこと。直後に気がつくと森の中にいたこと。元いた世界に、月は二つもなかったこと。ユキニアと出会って、助けたこと。知らないはずの言葉が話せたこと。


「にわかには信じがたい、と言っておきましょう。大陸の端から端に転移した話は聞いたことがありますが、異界から来たという実例は聞いたことがありません。二百年前の神託が予言したのみです」


 ちょうど、使用人らしき女性が茶の入ったカップを持ってくる。どうぞ、と有里たちに促しつつ、ニルバスは言った。


「娘にも、今の話をしたのですかな?」


「断片的には……」


「娘は物語が大好きでしてね。勉学や稽古の合間に、神話やおとぎ話をよく読んでいるのです。皆様の話から想像を広げて、皆様を神託にある異界よりの女王の一行だと思ったのでしょう」


 その口ぶりから、彼が娘の言うことを間に受けていないことを察すると同時に、有里は安堵した。父親のような年齢の男に跪かれたりしたらどうしようかと思っていたのだ。


「あなたは有里が神託の女王ではないと考えているんですか?」


 玲奈がニルバスに問う。あえて問うこともなかろうに、どうしてと、有里は彼女のほうを振り向く。玲奈の目は冗談を言っているようには見えない。


「先ほどもこの言葉を使いましたが、信じがたい、というのが本音ですな。たしかに、皆様の話を信じるならば、ユウリ様は女王の条件に一致します。だからと言って、すぐに皆様を神託の女王の一行だと信じるには、私は歳を取りすぎました」


 ニルバスの言葉はもっともだと、有里は思った。彼はユキニアの父であり、この一帯を治める領主なのだ。突然現れた怪しげな一団をおいそれと王と崇めてしまえるほど、彼の立場は軽いものではないのだろう。不満げな表情を浮かべる玲奈に、ニルバスが言う。


「もし、ユウリ様が信託の女王なら、それはやがて、自ずと明らかになることでしょう。そのときは王国騎士として忠誠を誓うと約束しましょう。決してあなたの主を軽んじているわけではありません」


 その言葉を聞き捨てならないものだと思ったのは他ならぬ有里だった。


「ニルバスさん。勘違いをされているようなので、訂正させてください。彼女は私の友であって、私は彼女の主ではありません。他の者も同様です」


 ニルバスの目が細められる。有里を見定めるかのような視線。


「これは大変失礼を致しました」


 一言詫びの言葉を入れると、ニルバスは立ち上がり、


「異界から来たというのなら、旅立つ当てもないのでしょう。どうぞ、しばらく我が屋敷にご滞在ください。私は皆様のお部屋を準備するように手配して参りますので、しばらくこちらでお寛ぎください」


 有里も立ち上がって礼をし、感謝の意を伝える。ニルバスは微笑んで、


「皆様は娘を救っていただいた恩人です。どうか、存分に頼ってください」


 と言い残し、部屋を出ていく。


「私、そんな偉そうにしてるように見える?」


 誰にともなく、有里は問いかけた。


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