011 神託の女王
リナリア王国の王冠は、血筋によって受け継がれるのではない。
神話の昔、リナリア王国の辺りには多くの神々が住まい、それぞれが人々の尊崇を集めていた。同じ神を信ずる民が集って小さな国をつくり、異なる神を奉ずる王たちが互いに争っていたのだという。
しかしながら、神々は争いを好まず、自らの名のもとに人々が争うのをよしとしなかった。
ある日、神々は集いを開き、話し合いを持った。人間たちの争いを止める術を話し合うためである。話し合いの末に、神々は一人の人間の娘に目をつけた。娘は一介の農民であったが、政をよく解する知恵と、男たちに勝る勇気を持っていたのだ。
その娘を唯一の王として崇め、臣従するよう、神々は王たちに命じた。この土地は一つの王国となり、かつての王たちは王を支える貴族となった。女王となった娘はこの土地に平和と繁栄をもたらしたという。王国は、この女王の名をとって、リナリア王国と称した。
女王リナリアが老いて病に伏せったとき、神々は再び話し合いを持った。リナリアは生涯を国に捧げて夫を持たず、彼女に子はなかったためである。話し合いの結果、神々は知恵と勇気を持った鍛冶屋の見習いを新たな王に指名した。
以来、リナリア王国の王位は血筋ではなく、神々の話し合いによって決められることとなった。これまでに王となった者には、初代リナリアのような農民もいれば、猟師の男もおり、貴族の令嬢もおり、木こりの息子であったこともある。あるときは、盲目の老人で、あるときは屈強な剣士であった。五代前は敬虔な神官であり、その次は娼婦であったという。
いずれの王も賢く、勇敢で、王国は栄えた。
ところが、先代の王が病に伏せると、神々からのお告げは驚くべきものであった。
この国に、試練のときが訪れる。王となるべきものはおらず、国は乱れるであろう。
新たなる王が現れるまで、空の玉座を守れ。
新たなる王は、この世界の外よりやってくる。王は若い娘で、青い瞳を持ち、忠実な下僕を従えている。下僕の中でも赤い目をした騎士は女王の剣であり、この世の誰よりも強く、この世の誰よりも忠義者である。青き瞳の女王は、赤い瞳の騎士の力でもって争いを鎮め、知恵と人徳をもってリナリア王国に繁栄をもたらすであろうと。
神々は女王を見分ける手段として、異界よりやってくる女王はこの国のことを何も知らぬが、リナリアの民の言葉を解するだろうと告げたと言われている。
これが、村までの道中でユキニアが語って聞かせてくれたことだった。
ここは有里たちが元々いた世界とは明らかに異なるのだから、この世界から見れば、確かに有里たちは異界から来たということになるのだろう。そして、今の有里は青い瞳を持ち、その傍らには赤い瞳の巴絵がいる。その巴絵は賊を打ち倒し、ユキニアにその力を見せつけた。ユキニアとの会話で有里たちはこの世界への無知を晒し、その一方でリナリア王国の言葉を流暢に喋れてしまっている。伝承に照らし合わせると、有里が青き瞳の女王であると思われてしまうのは、おかしな話ではなかった。
だが、有里はただの女子高生である。強いて言えば、鮎沢女子高校の生徒会長だが、所詮は生徒会長。一国の女王には程遠い一般人である。ちょうど、一行が村へとたどり着いたところで、有里は、自分はそんな大した存在ではないとユキニアに伝えようとした。ところが、
「ユキニア!」
と男の怒号がして、有里は言い出すタイミングを逸してしまったのだ。
声の主はガタイの良い男だった。服の上からでも隆々とした筋肉の存在が見て取れて、かなり鍛えているのがわかる。ユキニアと同じ色の髪で、よく見るとツリ目がちの目元がそっくりだ。
「父上、素晴らしい報せ――」
「賊が出るかもしれないから村の外へは出るなと言ったはずだ」
ユキニアの言葉を遮り、男が説教を始めた。ユキニアが父上と呼んだのだから、彼がこの村の領主なのだろう。もっとも、今は娘を持つ父親としての責務で手一杯のようで、有里たちの存在が視界に入っているかも怪しい。
「父上! 女王陛下の前ですよ!」
「何を言っとるんだお前は。いい加減なことを言ってごまかそうとしてもムダだぞ」
男はユキニアの抗議を全く聞かず、説教を続けようとした。ユキニアはもう一度、父に対して叫ぶ。
「神の予言した女王陛下がいらっしゃったのです! こちらにおわす青い瞳のお方こそ、我らが女王陛下なのです!」
ユキニアが有里のほうを見た。それでようやく、男は有里たちの存在に気がついたかのようだった。男は有里の目をしばし見つめ、すぐに有里の隣に立つ巴絵へと視線を移した。何度か二人の間で視線を動かす様は、さっきも見た光景だ。親子は行動も似るものだ。
「青い瞳の女王と赤い瞳の騎士……、まさか……」
男は信じられないものを見るかのように有里をまじまじと見つめる。このままユキニアと同じように跪かれたらどうしようかと思ったが、歳の分だけ父のほうが冷静だったのだろう、彼ははっきりと有里に問う。
「本当に、異界よりの女王なのですか?」
問われてしまえば、答えは一つである。
「違います」
きっぱりと否定すると、男は安堵したように息をつき、娘に向き直る。
「こう言っておられるが?」
「陛下はまだ異界からこちらにいらっしゃったばかりで、ご自身が何者かわかっていらっしゃらないのです! 賊から助けていただいたとき、私はしかとこの目で見ました! 陛下の命令で赤い瞳の騎士様が力を振るうさまを! それはもう、鬼神のごとき強さでした! 間違いありません。お二人は、神々の予言した女王と騎士なのです!」
熱弁するユキニアに、男がぽかんと口を開ける。そして、一言で娘に問うた。
「ユキニア、お前、今何と言った?」
「お二人は、神々の予言した女王と騎士であると」
「その少し前だ」
「陛下の命令で力を振るった赤い瞳の騎士様は、鬼神のごとき強さだったと」
「もう一つ前だ!」
「賊から助けていただいたときに見ました」
男は今度こそ娘にゲンコツを見舞い、ユキニアが呻いて頭を抑える。
「賊から助けてもらったなら、先にそれを言わんかバカ娘!」




