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010 女王陛下

 ユキニアの先導で道を歩きながら、有里はユキニアに問いかけた。


「あなたの家までどれくらいかかるの?」


「軽い散歩の距離ですよ。まさかこんな村の近くで賊に出くわすとは思いませんでした」


「彼らは?」


「最近、この辺りを騒がしていた人攫いでしょう。近々、村々で人を出しあって討伐する予定だったのですが、手間が省けました」


 彼女の口ぶりから察するに、ここは前近代的な社会であるように思える。となると、現代人である有里たちにとっては不自由が多いことも予想され、有里は頭が痛くなる気がした。


 もっとも、言葉の通じる人がいるというだけで、幸運なのだが。


「ところで、皆様はどちらからいらしたのですか? 不思議な言葉で会話していらしたので、とても気になって」


 今度はユキニアが問う順番のようだ。都合よく、こちらが聞きたかったことを話題に出してくれたので、これ幸いと有里が問い返す。


「私の言葉は変じゃない?」


「ええ。外国の方とは思えないほどに流暢です」


 文乃が口を挟む。


「私の言葉はどうです?」


 文乃の口から発せられたのは、やはり日本語ではなかった。ユキニアが「外国の方とは思えない」と言ったことから、少なくとも、この言語はこの国で話されている言語なのだろうと察せられる。文乃は少し踏み込んだ。


「今、私が何と言っているかわかりますか?」


 文乃は、今度は日本語で問うた。ユキニアは困ったような顔をする。どうやら、「不思議な言葉」と評されるだけあって、日本語は全く通じないらしい。文乃はこほんと咳払いして。


「失礼しました。今のは、私たちの国の言葉です」


「先ほども話していらっしゃいましたね。私は東のロギク王国の言葉も少しわかるのですけど、それとは明らかに違います。一度聞いたことのある北方諸国の言葉とも違いますし、西方の言葉でしょうか?」


 ユキニアの言葉に出てきた知らない地名。頭の中におぼろげながら地図を描く。まだまだ全く足りないが、貴重な情報だ。


 次に言葉を発したのは守子で、


「私たちは日本という国から来たんだよ。ニッポンとも言う」


 ユキニアはむむむと唸って、


「すみません。どうやら不勉強のようで、存じ上げません」


「他所の国の言葉だと、ジャパンだったりヤーパンだったりリーベンだったりするんだけど」


「申し訳ありません。存じ上げません」


 どうやら、ユキニアは日本のことを全く知らないようだ。がっかりする情報ではあるけれど、これも貴重な情報には違いない。


 続けて、有里は物の試しにと、


「Do you understand me?」


と英語で問いかけてみる。ユキニアが首を左右に振るので、


「제 말 알아들으세요?」


 と韓国語に切り替えてみるが、ユキニアの反応は同じだった。やはり、有里たちの世界と、この世界には明らかな断絶があるようだ。


「君たちは、もっと大事なことを聞くべきだね」


 と巴絵が言った。そんな巴絵が発した問いは、あまりにも単刀直入だった。


「ここはどこだい?」


 ユキニアは端的に答えてくれた。


「もしかして、道に迷われていたのですか? 我々の治めるレイエン村の近くです。シマニエクとメレーゲのちょうど真ん中あたりですよ」


 全く知らない地名で語られて、有里たちの頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。レイエン村というのが、ユキニアの家の治める土地で、他の二つの地名はこのあたりの大きな街だろうということはわかるが、それがわかったとて、である。巴絵がずばりと聞く。


「すまない。このあたりの地理が全くわからないんだ。そもそも、ここは何て名前の国?」


 ユキニアは、えっ、と驚きの声を上げたあと(面白いことに、この国でも驚きの感嘆詞は「えっ」であるようだった)、かなり慌てた様子で有里たちに詫びた。


「もしかして、『迷い人』なのですか? 気が回らず、申し訳ありません。言葉が流暢なので旅行だとばかり……。大変でしたね。助けていただいた御恩もありますし、故郷へ帰る手助けをするように父に頼んでみます。えっと、ここはリナリア王国東部ですが、それでだいたいわかりますか?」


 有里たちは首を左右に振る。やってから気がついたのだが、その動作が否定であることは共通なようで、ユキニアは困ったように眉を下げた。


「ごめん、リナリア王国がそもそもわからないの」


 有里が謝ると、ユキニアが不思議そうな表情を浮かべる。


「リナリアの言葉はお上手なのに?」


「なんで喋れるのか、自分たちでもわからないの」


 ユキニアが怪訝な目で有里を見る。正直に話しすぎただろうかと、有里は焦る。ユキニアからしてみれば、こちらの言動は不審極まりないのではないか。


 有里の不安を他所に、ユキニアは有里と目を合わせる。そして、何かに気がついたように、彼女は巴絵を見た。確かめるように、彼女は有里と巴絵の間で視線を行き来させ、その困惑の表情が少しずつ驚愕に上書きされていくのが見て取れた。


「そ、そんなことが……」


 ユキニアは再び有里と目を合わせる。そして、その場に跪いて、顔を伏せたのだ。


「大変、失礼を致しました。どうかご寛恕あって、私めの非礼をお許しください」


「は……?」


 ユキニアの態度が変わったことに、有里たちは困惑した。先程までも丁寧な物腰だったが、それは有里と巴絵が命の恩人だからだ。だが、今の態度は、恩人に対するそれとは明らかに異なる。絶対的に立場が上の人間に対する振る舞いだ。


 ユキニアは顔を伏せたまま、はっきりと言った。


「お待ちしておりました。我らが女王陛下」


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