口説くとは何ですか?
もう、何がなんだか・・・になってきています
侯爵は引退した前執事を呼び出した。
今の執事の父であり、亡き妹に長年仕えていた男である。
「そなた、何か知らぬか……」
侯爵が問うと、前執事は静かに目を閉じた。
そして観念したように口を開く。
「お嬢様は、当時の王弟殿下と恋仲でございました」
侯爵の表情が固まる。
「王弟殿下にはすでに妻子がおられました。
その関係が妃殿下に知られ、お嬢様は身を引かれたのでございます」
前執事は続けた。
「ですが、その後に妊娠が発覚いたしました」
侯爵は息を呑む。
「プロムフェナク伯爵様は、すべて承知の上でお嬢様を娶られました。
多額の持参金と共に」
「では……」
侯爵の声が震える。
「リリアは……」
「王弟殿下の娘でございます」
前執事は深々と頭を下げた。
「ずっと私の胸に収めるつもりでしたが、もしリリア様が王太子妃候補となっているのであれば話は別です」
前執事の顔が曇る。
「王太子殿下と腹違いの兄妹ということになります」
侯爵は父の遺した日記や資料を片っ端から調べた。
そして一枚の文書を見つける。
王弟の子を身ごもった娘の事実は隠さねばならない。
伯爵は頼りないが人格は良い。
きっと娘と生まれてくる子を愛してくれるだろう。
侯爵は頭を抱えた。
「なんということだ……」
つまりリリアは王家の血を引いている。
そして現王太子は王弟の息子。
兄妹だった。
「リリアが断ってくれて良かった……」
侯爵は呟いた。
「とんでもないことになるところだった」
侯爵は証拠を持って再び城へ向かった。
国王夫妻も大きな衝撃を受ける。
そして、その事実は王太子本人へ伝えられた。
「私は……」
王太子は顔面蒼白になった。
「血の繋がった妹に求婚していたのか……」
しばらく沈黙した後、
ぽつりと呟く。
「運命を感じたわけだ」
国王が頭を抱えた。
「そういう問題ではない」
王太子の落ち込みは激しかった。
そのためアレクが毎日のように城へ通い、慰める羽目になる。
ある日。
王太子が真剣な顔で言った。
「アレク」
「はい」
「私の代わりにリリアを幸せにしてやってくれ」
アレクは固まった。
「兄としての願いだ」
「……」
アレクは本気で困った。
リリアは大切だ。
可愛い。
守りたいとも思う。
だが、それが恋愛感情かと聞かれると分からない。
結局、
「とにかく令嬢教育を最初からやり直します」
としか答えられなかった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
リリアは社交界で苦戦していた。
「リリアーナ様のお兄様には、お付き合いされている女性がいらっしゃるのですか?」
「さあ」
「王太子妃候補から外れたと伺いましたが」
「そうですね」
「ぜひ侯爵家へ遊びに」
「はあ」
毎回同じ話ばかりだった。
皆が興味を持っているのはアレクだ。
侯爵家嫡男。
将来有望。
王家の信頼も厚い。
それだけで女性たちが集まる。
だがリリアには分かっていた。
誰も兄の人柄に興味などない。
本好きなところも。
優しいところも。
家族思いなところも。
誰も見ていない。
見ているのは肩書きだけだった。
ある日。
帰宅したリリアは母へ訴えた。
「社交界のどこが私のためになるのですか?」
夫人は困り果てた。
「気の合う方はいないのですか?」
「いたらこんなこと言いません」
即答だった。
そこで執事が尋ねる。
「お嬢様から話しかけたことは?」
「こちらからですか?」
リリアは本気で驚いた。
執事と夫人は顔を見合わせた。
通訳として働いていたせいで、
"相手が話したら返す"
が完全に身についていたのである。
「一人で行かせたのが失敗でした」
夫人が結論を出す。
「次からアレクも連れて行きましょう」
執事も頷く。
「それがよろしいかと」
◇
「なぜ私まで巻き込まれるのですか!?」
アレクが悲鳴を上げた。
「王太子殿下を慰めるだけで精一杯なのですが!」
だが母は容赦しない。
「可愛い妹が社交界で孤立してもいいの?」
「母上が行けばいいじゃないですか!」
「私も社交界は苦手です」
「だったら余計におかしいでしょう!?」
その時だった。
アレク付きの侍従が静かに口を開く。
「アレクシス様」
「なんだ」
「お嬢様に付き添わないのであれば」
嫌な予感がした。
「お嬢様には実地で学んでいただきます」
「……実地?」
侍従は無表情だった。
「朝のお部屋への突撃を止めるのをやめます」
アレクの顔色が変わる。
「やめろ!!」
「私も限界なのです」
侍従の目の下には立派なクマがあった。
「毎朝止めるのも疲れました」
「同じ男として味方ではないのか!?」
アレクが叫ぶ。
侍従は冷たく言った。
「限界です」
そして、とどめを刺す。
「とっととお嬢様と婚約するか」
アレクが固まる。
「そうでなければ、誰か良い相手を見つけてください」
「なぜそうなる!!」
涙目のアレクだった。
しかし――
屋敷の中で味方は一人もいなかった。
◇ ◇ ◇
「こうなったら……」
翌日、アレクシスは王太子に言った。
「こうなった責任は王太子殿下にもあります。私と一緒に、リリアをエスコートして社交界に出てください」
「嫌だ! あんな魑魅魍魎の巣窟。そなた一人で行け!」
「かわいいリリアが変な男に引っかかってもよいのですか?」
アレクがじろりと王太子を睨む。
「そ、それは……」
王太子はたじろいだ。
「王太子殿下にも、もしかしたらこれをご縁に良い方が現れるかもしれません。試しに行ってみましょう。見学です」
アレクに説得され、次のパーティーには王太子とアレクも同行することになった。
『王太子殿下』と『侯爵家嫡男』。
二人の出席が知らされると、会場は超満員となった。
熱気があふれている。
そこへ、右を王太子、左をアレクにエスコートされたリリアが現れた。
「なんと、お二人に挟まれていらっしゃるとは!」
会場にどよめきが走る。
王太子の正装は見慣れていたが、アレクの正装を見るのはリリアも初めてだった。
「お兄様って、本当に貴族のご子息だったのですね……」
寝起きの姿や、普段着でソファーに寝転びながら本を読んでいる姿しか知らなかったリリアは目を丸くした。
「そういうリリアも、ドレスがよく似合っているな。いつも仕事着しか見ていなかったからな」
王太子とアレクが口をそろえる。
王太子の目に涙が浮かんだ。
「私の目に狂いはなかった……無念だ」
アレクはそっと王太子の背に手を置いた。
「過去は忘れて、未来へ進むのです」
そうして二人は、大勢の人々に囲まれながら話し相手を見極めていった。
「今年の葡萄酒の出来はどうだ?」
「領地の天候が悪かったようだが、作物の育ちは?」
「前領主殿の具合はどうだ?」
二人は相手の顔を見ただけで素性を判断し、その家に合わせた話題へ自然に持っていく。
熱心に語る者もいれば、気まずそうに離れていく者もいる。
横で熱心に耳を傾ける者もいた。
リリアは感心して眺めていた。
「そうか。相手を知らないと会話はできないのね」
その時、一人の青年がリリアに声をかけた。
「もしお相手がおられないのでしたら、私と踊っていただけませんか?」
「駄目だ」
即座にアレクが遮る。
「今日は王太子殿下か私としか踊らないことになっている。我々が付いているのに、本人へ直接声をかけるとは無礼であろう。下がりなさい」
青年はそそくさと引き下がった。
「あれは女たらしで有名な子爵家の息子だ。気を付けなさい」
アレクが呆れたように言う。
「女性を見れば口説き、飽きれば捨てる。とんでもない男だ」
「口説くとは、いったい?」
リリアが首を傾げた。
「私がずっとそなたにしてきたことだ」
王太子が頭を抱える。
「相手に好意があると伝え、自分を好きになってもらえるよう言葉をかけることだよ」
「えー? 私、殿下のこと嫌いじゃなくて好きですよ? それは口説かれたことになるのですか?」
アレクは遠い目をした。
「この子は、苦労しすぎて年齢相応の情緒が抜け落ちている……」
王太子も同じように遠い目になる。
「社交界より、違う方法の方がいい気がする」
「帰ろう。もうここにいても無駄だ」
王太子がぼそりと言った。
「はい、そういたしましょう……」
リリアはきょとんとしていたが、
「帰っていいのですか?」
と大喜びだった。
二人は顔を見合わせる。
「兄として最後まで付き合う。そなたも助けてくれ」
王太子がアレクに告げる。
「はい。よろしくお願いいたします」
二人の間には、不思議な友情が芽生えつつあった。
そして、結局、引きずり込まれる王太子様
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