亡き妹
アレクシスの怒り爆発です
その頃、エピナスチン伯爵夫人は、伯爵と息子から厳しく叱責されていた。
「国王陛下、王太子殿下、そして侯爵殿から呼び出されたのだぞ!」
伯爵の顔は怒りで真っ赤だった。
「リリアーナ嬢は間違いなく侯爵殿の姪御だ。それを変な女の言葉を信じ込み、社交界で言いふらすとは何事だ!」
息子のアンドルも口を開く。
「母上、どうか目を覚ましてください。あの女の話はおかしいのです。今回の件だけではありません」
夫人は涙を流した。
「だって、あの方は私を助けてくださったのよ。命の恩人なの。それに、とても親身になって話を聞いてくださるわ。私にはなくてはならない人なのよ」
伯爵は執事に命じた。
「帳簿を持て」
目の前に並べられた帳簿を夫人へ突きつける。
「そなたは、あのセリーのためにいくら使った?」
夫人は答えられない。
「それだけではない。帳簿には不審な出費もある。最近は私の名を騙り、妙な投資話まで持ちかけていたそうだ。あちらこちらで豪遊もしている」
伯爵はきっぱりと言った。
「あれは詐欺師だ」
「違います!」
夫人は叫ぶ。
「あの方は恩人なのでございます!」
伯爵とアンドルは顔を見合わせた。
「恐ろしいものだな」
伯爵が呟く。
「これほどまでに信じ込ませるとは」
アンドルも静かに頷いた。
「プロムフェナク伯爵も同じ目に遭ったのかもしれません。侯爵殿の怒りを鎮めるためにも、こちらでも調査を続けましょう」
「そうだな」
父子は決意を新たにした。
◇
その頃、侯爵邸には新たな客人が訪れていた。
「私は亡きプロムフェナク伯爵の娘でございます」
年頃はリリアと同じくらいだった。
しかし、似ても似つかない。
執事と護衛は顔を見合わせた。
「どういたしましょうねえ……」
そこへアレクがやって来た。
「そなた、どこで育ったのだ?」
少女は素直に答える。
「プロムフェナク伯爵領にあった農村でございます。今は違う領主様ですが……。少し前にセリー様という方がいらして、『あなたは伯爵家の令嬢です』と」
「前からの知り合いなのか?」
「いいえ。両親は知っていたようですが……」
アレクは執事を見る。
執事も同じことを考えていた。
「本人よりも、両親の方が怪しい気がいたします」
「そうだな」
アレクも頷く。
外はすでに薄暗くなっていた。
「しかし、邸内には入れたくないな」
その言葉に騎士も侍女も侍従も全員頷いた。
ちょうどその時だった。
侯爵、侯爵夫人、そしてリリアが帰宅した。
「何の騒ぎですの?」
夫人が不思議そうに尋ねる。
すると少女が駆け寄り、夫人へしがみつこうとした。
「お母様!私はこの家の娘でございます!どうか信じてください!」
だが夫人に触れる前に侯爵が立ちはだかった。
「私にそのような娘をもうけた覚えはない」
侯爵の目が鋭く光る。
少女は必死に訴える。
「お母様は忘れておられるのです!女の子を産んですぐ養女に出したのでございます!それが私なのです!」
(おい、プロムフェナク伯爵の娘ではなかったのか)
アレクをはじめ、その場の全員が呆れ返った。
だが夫人だけは違った。
「もしかして……」
夫人の目に涙が浮かぶ。
「あの子は死んだのではなく、生きていたの?」
長年胸の奥に押し込めていた願い。
叶うはずのない願い。
それが一瞬だけ心を揺らした。
「いかん!」
侯爵が叫ぶ。
「しっかりしろ!娘は亡くなったのだ!」
夫人の肩を掴む。
夫人は茫然としていた。
その姿を見たアレクの胸に怒りが込み上げる。
妹は生まれて間もなく亡くなった。
小さな棺。
泣き崩れる母。
あの日の光景を忘れたことなどない。
それを利用するなど許せなかった。
「わかった」
アレクが少女を見る。
「そなたは私の妹だと言うのだな?」
「はい!」
少女は嬉しそうに答えた。
「間違いございません!」
アレクは笑った。
「よくわかった」
その笑顔に少女も安心した。
だが次の瞬間。
「では、セリーと同じ部屋に泊まるといい」
少女は困惑しているようだった。
アレクは護衛へ目配せした。
護衛が両肩を掴む。
「なっ……!」
少女は青ざめた。そして、あばれて叫んだ
「お母様!助けて!」
夫人が声を上げる。
「やめて!」
しかしアレクは騎士から剣を借りると、少女の喉元へ突きつけた。
その場が凍り付く。
リリアも息を呑んだ。
こんな表情のアレクを見たことがなかった。
「お兄様、それは……」
「リリア」
アレクの声は低かった。
「侯爵家の体面を汚した者は許されない」
少女は震え上がる。
「この者は侯爵家の娘を名乗っただけではない」
アレクの目に怒りが宿る。
「亡き妹の存在まで利用した」
剣先が微かに動く。
「今すぐ斬られても文句は言えぬぞ」
少女は震えながら首を横に振った。
「だが、この場を血で汚すつもりはない」
アレクは剣を下ろした。
「本当に死にたくなければ大人しくしろ」
そして叫ぶ。
「地下牢へ連れて行け!」
少女は泣きながら連行されていった。
侯爵は夫人を抱きしめる。
「しっかりしろ」
その時だった。
リリアが夫人へ抱きつく。
「お母様」
夫人が顔を上げる。
「私は亡くなった娘さんの代わりにはなれません。でも、どうか騙されないでください」
リリアの目にも涙が浮かんでいた。
「あの時の私と同じにならないで……」
夫人は声を上げて泣いた。
リリアは思う。
人は弱いところを突かれると、こんなにも脆くなってしまうのだと。
そして、かつて父がセリーに騙されていった日のことを思い出していた。
少女はセリーと同じ牢獄へ放り込まれた。
◇
「なんで、あんたが来たのよ!」
セリーが叫ぶ。
「なによ!おばさんが言った通りにしたら、こうなっちゃったのよ!」
二人が言い争っていると、そこへリリアが姿を現した。
「あなた、よくも侯爵家の養女だなんて名乗れたものね。ただの侍女だったくせに!
さあ、私たちをここから出しなさい!」
セリーは命令口調で言った。
リリアの表情が変わる。
「はい、奥様。近いうちに出して差し上げます」
深々とお辞儀をする。
その言葉にセリーの目が輝いた。
リリアはそれ以上何も言わず、その場を去っていった。
◇
しばらくして、リリアは再び牢の前に姿を現した。
「近いうちに城からお迎えが参ります」
セリーの顔に自信が戻る。
だが次の言葉で、その表情は凍りついた。
「次に移られるのは城の牢獄です」
リリアはにっこりと微笑む。
「その後は処刑かもしれません」
セリーの顔色が真っ青になる。
「お母様を騙そうとしたこと、決して許しません」
リリアの瞳は冷たかった。
いったい、この女のどこが怖くて、あれほど言葉を信じてしまっていたのだろう。
昨夜の侯爵夫人の姿を思い出す。
胸の奥から怒りが込み上げてきた。
「あなたに会ったら、叩き斬ろうと思っていました」
リリアは静かに言った。
「ですが、それだけでは気が済まなくなりました」
セリーが後ずさる。
「全部の罪を暴かれ、民衆の前で縛り首になるがいいわ!」
「待って!違うのよ!」
セリーが叫ぶ。
「私はただ、言われた通りに動いていただけなの!」
「ほお……誰にだ?」
低い声が響いた。
リリアの後ろに立っていたのは、エピナスチン伯爵とその息子アンドルだった。
「国王陛下も、今回の件には大変興味を持っておられる」
伯爵がゆっくりと言う。
「すべてを話してもらうぞ。そうすれば、縛り首は免れるかもしれぬ」
伯爵は笑った。
牢の中の二人は、ただ青ざめて黙り込むしかなかった。
◇
「まさか、あの女がプロムフェナク伯爵家を潰したとは……」
エピナスチン伯爵が呟く。
侯爵家の居間では、伯爵とアンドルが茶を飲んでいた。
「我が家も危なかった」
伯爵は大きく息を吐く。
「家内がすっかり騙されてしまってな。金もかなり使われた」
「ですが、気付かれて本当に良かったですわ」
リリアが答えた。
侯爵夫人はショックのあまり寝込んでしまい、侯爵が付き添っていた。
アレクシスは侯爵の名代として、城へ報告に向かっている。
「リリアーナ殿。そなたのおかげなのだよ」
アンドルが優しく言った。
「私ですか?」
リリアは目を丸くする。
アンドルは懐かしそうに笑った。
「覚えていないだろうな。まだ幼い頃の話だ」
リリアは首を傾げる。
「城で貴族の子供たちが集まっていた時だ。アレクシスとそなたが仲良く本を読んでいた」
リリアは驚く。
「お兄様と?」
「ああ。アレクシスがそなたに読み聞かせをしていた」
アンドルは笑った。
「私は一人っ子だったからな。二人が羨ましかった」
そして少し表情を曇らせる。
「ある時から、そなたが来なくなった」
リリアは黙って聞いていた。
「アレクシスに聞いてもわからないと言うので、私はこっそりプロムフェナク伯爵邸へ様子を見に行った」
アンドルの声が低くなる。
「すると、そなたが働かされていた」
リリアは息を呑んだ。
「セリーが偉そうに指図をし、伯爵夫妻はそれを見て見ぬふりをしていた」
「あの時、父上に知らせていればと今でも悔やんでいる」
アンドルは拳を握った。
「だからセリーが我が家へ現れた時は驚いた。父上は私の話を信じてくれたが、母上は騙されてしまった」
伯爵も頷く。
「だが、そなたの姿を見ていたからこそ、我々は最後の一線で踏みとどまれた」
二人は頭を下げた。
「本当に感謝している」
リリアは困ったように微笑む。
「私は何もしておりません」
「いや、したのだよ」
伯爵が言った。
「そなたは気付いていないだけだ」
伯爵は立ち上がった。
「では我々も城へ向かう」
アンドルも続く。
「セリーのしたことを、しっかり報告してくる」
伯爵は力強く言った。
「だから安心しなさい」
そう言って二人は侯爵家を後にした。
アンドル登場です。
両伯爵名がすごく紛らわしくてすみません(作者本人が時々混乱する)
名前に悩んで、パソコンの側においてある目薬2本から取りました。
プロがリリアの実家で、エピがアンドルと記憶していました・・・
お読みくださりありがとうございます




