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侯爵家に引き取られた令嬢は王妃陛下の通訳になる  作者: 鶴見 日向子


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4/6

お母様

王太子さま、あきらめません


帰宅後、アレクは素直に両親へ相談した。


「国王陛下と王妃陛下からも言われてしまってな……。


私も困っているのだよ」


侯爵が深いため息をつく。


「本来なら喜んでお受けするべきお話なのですけれどね……」


侯爵夫人もため息をついた。


三人の意見は完全に一致していた。


「絶対に無理!」


「話を聞いた瞬間に家出されるぞ」


侯爵が断言する。


残る二人もうなずいた。


「こうなったら、王太子殿下に諦めてもらうため、別の女性を紹介してみてはどうでしょう?」


アレクが提案する。


「そなた、当てはあるのか?」


侯爵に聞かれ、


「うっ……」


アレクは言葉に詰まった。


自慢ではないが、本中毒の自分はまったく女性に縁がない。


女性の友人など皆無である。


「父上こそ、どなたかいませんか?」


「いるわけあるまい!


いたとしても、ここで言えるか!」


侯爵が言い返した。


「え?」


侯爵夫人の笑顔が妙に怖い。


「どなたかと親しくしているような言い方ですわね?」


「誤解だーーっ!!」


侯爵の悲鳴が屋敷に響いた。


その時、執事がノックをして入ってきた。


「どうした?」


侯爵は何事もなかったかのように平静を装う。


「王太子殿下がお見えになられるそうでございます。


先触れが参りました」


「はあああああっ!?」


三人が同時に目を見開いた。


「リリアは?」


「ただいま護衛と共に本を買いに行っておられます。


次の謁見で必要になる資料だそうです」


「誰か本屋へ使いを出せ!


しばらく帰ってくるなと伝えるんだ!」


アレクが叫ぶ。


「かしこまりました」


執事は落ち着いて頭を下げた。


そして侯爵家は大慌てで迎えの準備を始める。


三人の願いは一つだった。


――どうか鉢合わせしませんように。


その頃。


リリアは護衛の騎士と共に本を探していた。


騎士は私服だったが、本に詳しく、侯爵やアレクからもよく買い物を頼まれていた。


「本屋にはありませんでしたね。


どこか他にございませんかしら?」


「そうですね……。


城の図書館にならあるかもしれません」


護衛が答える。


「では、明日聞いてみます。


今日は戻りましょう」


そう言って歩き出した時だった。


リリアの視線がある女性を捉える。


「まさか……セリー?」


顔色が一瞬で変わった。


しかし次の瞬間には拳を握り締めていた。


「あなた。


私と一緒にあの女を尾行しましょう。


付いてきてください」


護衛は驚きながらも頷く。


二人は距離を取りながら後を追った。


セリーは下町の寂れた区域へ向かっていく。


やがて護衛が立ち止まった。


「お嬢様。


これ以上はいけません。


この先はならず者たちのたまり場です」


リリアも足を止める。


「今回は引き揚げましょう。


後ほど詳しく調べさせます」


「お願いね」


リリアは真剣な顔で言った。


「絶対に見つけて。


『いたぶる』のだから」


護衛は思わず苦笑した。


二人は侯爵家へ引き返した。


その頃、侯爵邸では――


「リリアーナ嬢が留守?


なぜだ?」


王太子が不満そうに座っていた。


手には立派な花束が握られている。


「いきなり来るからですよ」


アレクが呆れたように言う。


「先触れは出したぞ?」


「出かけた後に届いても困ります」


アレクは即答した。


王太子は不満そうに頬を膨らませる。


「そなたと私の仲ではないか。


快く妹を私に預けようとは思わぬのか?」


(思いません)


アレクは心の中で即答した。


しかし口には出せない。


「王太子殿下が、これほど押しの強い方だとは存じませんでした」


つい嫌味が漏れる。


だが王太子は胸を張った。


「そうであろう!


私は絶対に諦めぬのだ!」


(褒めてない!!)


その時だった。


執事がそっとアレクを呼ぶ。


「申し訳ありません。


少し席を外します」


アレクは慌てて廊下へ出た。


「どうした?」


「お嬢様が見つかりません」


「は?」


アレクの声が裏返る。


「本屋の主人によると、護衛と共に下町へ向かわれたとか。


あの辺りは少々治安がよろしくありません」


「なぜ父上ではなく僕を呼んだ?」


「王太子殿下がいらっしゃるのに、侯爵様が席を外せるわけがございません」


執事も困り切っていた。


その時だった。


「誰が見つからぬのだ?」


振り返ると、王太子が立っていた。


いつの間にか後ろにいる。


アレクは思わず父を見る。


侯爵は額を押さえて天井を見上げていた。


執事が涼しい顔で答える。


「殿下がお見えになられると聞き、お嬢様へ急いで帰るよう使いを出したのでございます。


どうやら入れ違いになったようでして」


(いいぞ執事!)


アレクは心の中で拍手した。


執事も目だけで


(お任せください)


と返してくる。


「ならば待とう」


王太子が言う。


「帰って来るまで待たせてもらう」


アレクと執事は絶望的な顔で見つめ合った。


しかし救世主は別の場所から現れた。


「殿下。


そろそろお帰りください」


近衛騎士だった。


「少しだけというお約束でした」


「だめか?」


王太子がしょんぼりする。


「だめです」


近衛騎士はきっぱりと言った。


「しつこい男は嫌われます。


今回は花束だけ置いて帰りましょう。


その方が印象は良くなります」


王太子はしばらく考えた後、


「わかった」


と渋々うなずいた。


「では、明日城で会おうと伝えてくれ」


そう言い残し、花束を置いて帰っていった。


「ああ……よかった……」


アレクはその場にしゃがみ込む。


しかし侯爵夫人が首を傾げた。


「それにしても……リリア、遅くありませんか?」


全員が固まる。


「そうだ!


なぜこんなに遅いのだ!?」


侯爵邸は再び大騒ぎになった。


騎士たちは馬を走らせ、リリアを捜しに飛び出していった。


その頃、リリアと護衛は帰り道で再びセリーの姿を見つけていた。


二人は気付かれないように後を追う。


セリーは、ある貴族の屋敷へ入っていった。


「エピナスチン伯爵邸です」


護衛が小声で言った。


「最近、羽振りが良いと評判になっております」


リリアは屋敷を見つめる。


「一人だったわね……。


もしかしたら、この家もすでに……」


「まだ何とも言えませんが、確かに気になります」


護衛は慎重に答えた。


「侯爵様へ報告いたしましょう」


リリアもうなずく。


そのまま二人は屋敷へ戻ることにした。


その時だった。


「おおっ! こんなところで会えるとは!」


豪華な馬車が目の前で止まった。


窓から顔を出した人物を見て、リリアは目を丸くする。


「王太子殿下!?


このような場所でお会いするとは……」


慌てて礼をする。


王太子は満面の笑みだった。


「そなたに会いに来たのだ。


さあ、馬車へ乗りなさい。


このまま城へ戻り、一緒に食事をしよう」


「申し訳ございません。


探し物をしておりましたら遅くなってしまいました。


家族も心配しておりますでしょうから、せっかくのお誘いですが、またの機会にお願いいたします」


リリアは丁寧に断った。


すると近衛騎士が口を開く。


「殿下。


せっかくですから、ご自宅までお送りしてはいかがでしょう。


もう暗くなっております」


護衛も同意した。


「お嬢様、それがよろしいかと。


私一人では、万が一の際にお守りしきれるかどうか……」


リリアは少し考えた末、渋々うなずいた。


「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」


馬車へ乗り込む。


「いやあ、こんなところで会えるとは!


やはりそなたと私は運命の糸で結ばれているのだな!」


王太子は終始上機嫌だった。


しかしリリアの頭の中は、


(セリーを見つけた)


それだけでいっぱいだった。


そのため、伯爵邸の窓から誰かがこちらを見つめていることにも気付かなかった。


馬車は無事に侯爵邸へ到着した。


「王太子殿下、お送りいただきありがとうございました」


リリアが礼を言った瞬間だった。


夜空へ花火が打ち上がる。


侯爵家からの捜索終了の合図だった。


「遅くなって申し訳ありませんでした」


リリアは深く頭を下げる。


だが王太子は上機嫌のままだ。


「叱らないでやってくれ。


私と会うために遠回りをしてくれたのだろう?」


「違います」


と言いそうになった近衛騎士は口を閉じた。


「また明日よろしくお願いいたします」


リリアが礼をすると、


「明日だ!


また明日会おう!」


王太子は嬉しそうに手を振った。


王太子の馬車が見えなくなると、侯爵家の人々は一斉に安堵の息を吐いた。


戻ってきた騎士たちも次々と声をかける。


「ご無事で何よりです」


「本当に心配いたしました」


屋敷へ入ると、侍女や侍従たちまで涙ぐんでいた。


「ご無事でよかったです……」


その姿を見て、リリアは胸が熱くなる。


自分はこんなにも大切にされていたのだ。


涙があふれた。


「本当にごめんなさい。


今後は気を付けます」


侯爵夫人も涙を流していた。


「本当に無事でよかったわ……」


その姿を見た瞬間だった。


リリアの口から自然に言葉がこぼれた。


「申し訳ありませんでした。


お母様」


侯爵夫人の目が大きく見開かれる。


そして再び涙があふれ出した。


リリアは思う。


(私には、こんなに素晴らしい家族がいる)


(もう過去に縛られるのはやめよう)


食事を終えた後。


お茶を飲みながら、セリーを見つけたことを報告した。


「なんだと?


エピナスチン伯爵邸へ出入りしていただと?」


侯爵が驚く。


「はい。


ですが、もう大丈夫です」


リリアは穏やかに言った。


「私には関係のないことだと気付きました。


いつまでも過去に囚われていてはいけません。


今回も皆様にご心配とご迷惑をおかけしてしまいました」


そして侯爵を見る。


「後は、お父様にお任せいたします」


侯爵は目を伏せた。


少し赤くなっている。


「ああ。


エピナスチン伯爵には不穏な噂がある。


後は私に任せなさい」


「はい」


その返事を聞き、アレクはようやく安心した。


するとリリアが首を傾げる。


「ところで、どうして王太子殿下がうちへいらしていたのですか?」


「えっと……」


三人が同時に黙り込む。


そこへ執事が割って入った。


「お嬢様。


例の本は見つかりませんでしたか?」


「そうなの。


なかったの」


リリアはすぐに話題を切り替えた。


「明日早めに城へ行ってみるわ。


図書館にあるかもしれないもの」


「それなら、本日はお疲れでしょう。


どうぞお休みくださいませ」


執事が優しく言う。


「そうします」


リリアは立ち上がった。


「それでは、おやすみなさいませ。


お父様、お母様、お兄様」


三人に挨拶し、部屋へ戻っていく。


アレクは無言で執事の手を握った。


「そなたほど気が利く執事は他にいない」


執事は笑う。


「お嬢様は亡き母君によく似ておられます。


私はまだ子供でしたが、憧れの方でございました」


「確かにな」


侯爵もうなずいた。


「妹によく似ている」


「父上にも少し似ていますよ」


アレクが笑う。


そう言うアレクは母親似だった。


「あなたに似ているということは、私の娘ということですわ」


侯爵夫人も笑う。


侯爵はグラスを持ち上げた。


「今日は記念日だ。


少し乾杯しよう」


執事も加わる。


こうして侯爵家にとって特別な夜は、更けていくのだった。


執事さん、MVPです

お読みいただきありがとうございます

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