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侯爵家に引き取られた令嬢は王妃陛下の通訳になる  作者: 鶴見 日向子


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3/13

困った求婚者

タイトル通り、王妃様付きの通訳になりますが・・・

リリアは、今までの疲れが一気に出てしまったのだろう。


あの日、雨に打たれたせいで熱を出し、そのまま寝込んでしまった。


「無理もないさ。しかし、よく今まで一人で背負ってきたな」


アレクは眠るリリアの頭を優しく撫でた。


「偉いと褒めてやりたいところだが……これからは父上と母上、それに僕を信じてほしいな」


だが、リリアの表情は変わらなかった。


医師が静かに告げる。


「人間不信に陥っているのでしょう。


時間をかけて信頼を取り戻すしかありません」


侯爵夫人は時間の許す限りリリアに付き添った。


そして、さまざまな話を聞かせる。


本当はアレクの下に娘がいたこと。


生まれて数か月で亡くなってしまったこと。


それ以来、子供に恵まれなかったこと。


「だから、あなたが来てくれた時は本当にうれしかったの。


信じてくれるまで、私はいつまでも待つわ」


侍女や侍従、騎士たちからも見舞いの花が届いた。


『早く元気になって、一緒に訓練をしましょう』


『またいろいろ教えてください』


『お嬢様のドレス姿が見たいです』


それぞれの花に、小さな手紙が添えられていた。


それを読むたびに、リリアの表情は少しずつ柔らかくなっていった。


やがて熱も下がり、リリアは日常へ戻っていく。


しかし生活は相変わらず忙しかった。


侍女の手伝いをし、執事の仕事も手伝う。


さらに令嬢としての教育と騎士の訓練もある。


ただ一つだけ変わったことがあった。


朝、アレクを起こしに行かなくなったのである。


アレク本人が嫌がったからだ。


「男にはいろいろあるのだ。


見られたくないものもある!」


そう主張した結果だった。


もっとも、アレクも本を読みながら寝落ちする癖をやめたので、問題はなかった。


それでも訓練には相変わらず遅刻ぎりぎりだった。


「リリア様の兄上なのですから、しっかりしてくださいよ」


騎士団長が笑う。


リリアは剣の訓練に熱中していた。


「すごい熱意だなあ……僕には無理だ」


アレクが呆れたように言う。


リリアは真顔で答えた。


「いつかセリーに再会した時、直接斬り捨ててやりたいからでございます」


そう言って訓練用の木柱を斬り倒す。


ザクッという音が響いた。


アレクは吹き出した。


「いや、斬るより『いたぶった』方がいいんじゃないか?


斬ったら苦しまずに終わるだろう?」


「それもそうですね」


リリアは真剣にうなずいた。


「ですが、剣の稽古は続けます。


強くなって、二度と同じ目に遭わないように。


自分の身を守るためです」


「その通りだな」


アレクも頷く。


「守られるのが当たり前ではないのだから」


その日からアレクも剣の訓練に真面目に取り組むようになった。


勉強も同じだった。


特に語学力は群を抜いている。


家庭教師も驚くほどだった。


「うちの侍女や侍従は、父が助けた方々ばかりだったのです。


いろいろな国の出身者がおりましたので、自然と覚えました」


リリアは少し微笑む。


「そう考えると、セリーさえ現れなければ、私は父のおかげで語学を学べたのです。


感謝しなければなりませんね」


心の傷は完全には消えていない。


それでも、少しずつ癒えていた。


そして数年が過ぎた。


その語学力を買われ、リリアーナのもとへ王城から声がかかった。


通訳として働かないか――という誘いだった。


「いい話だ。受けたらどうだ?」


侯爵が勧める。


「そうですね……でも、私に務まりますでしょうか」


「大丈夫だ」


侯爵は笑った。


「そなたは私の娘なのだから」


リリアは少し困った顔をした。


相変わらず侯爵夫妻を『お父様』『お母様』と呼ぶことはできない。


その言葉を口にすると、亡くなった両親と辛い記憶がよみがえるからだ。


「わかりました。伯父様」


「旦那様」よりはずっと良い。


侯爵夫妻はそれで妥協していた。


しかし、夫妻は納得できていなかった


「なぜアレクだけ『お兄様』なのだ?」


侯爵は今日も不満そうだった。


王城へ到着すると、執務官が声をかけてきた。


「リリアーナ殿。これから試験を受けていただきます」


机の上に書類が置かれる。


「こちらを五か国語に翻訳してください」


制限時間はない。


だが、アレクと何年も翻訳作業をしてきたリリアには難しくなかった。


短時間で仕上げ、提出する。


執務官は目を丸くした。


「こんな短時間で……見事です」


そして、リリアは王妃付き通訳として採用された。


仕事は楽しかった。


国王夫妻もリリアの通訳を高く評価した。


「非常にわかりやすい」


そう褒められるたび、リリアは丁寧に頭を下げた。


「ありがたき幸せでございます」


そんなある日のことだった。


来賓の付き人に紛れていた男が突然刃物を抜き、王妃へ向かって突進した。


女性騎士は動こうとする。


しかし体が震え、反応できない。


「失礼いたします」


リリアは迷わなかった。


女性騎士の腰から剣を抜き放つ。


一閃。


男の手から刃物が飛んだ。


さらに剣先を首元へ突き付ける。


周囲の護衛たちが男を取り押さえた。


女性騎士は涙を浮かべていた。


「申し訳ありません……。


私はこの職務に向いておりません。


本日限りで辞退いたします」


そう言って去っていった。


近衛騎士団長が感心したように言う。


「貴族令嬢には難しい仕事なのだ。


だが、そなたは冷静だった」


王妃も震える声で言った。


「本当にありがとう。


あなたがいなかったらと思うと……」


国王が王妃の肩を抱く。


リリアは不思議そうに尋ねた。


「こういうことは、よくあるのですか?」


「以前はなかった。


だが最近は時々ある」


騎士団長が答える。


「まさか王妃陛下が狙われるとは思わなかったのだ」


国王はしばらく考えた後、言った。


「そなたに帯剣を許す。


通訳と護衛、両方を務めよ」


「えっ?」


リリアは目を丸くする。


「通訳が剣を持っていたら不自然ではありませんか?」


少し考えた後、付け加えた。


「どちらか一つにしてください」


国王は吹き出した。


「それもそうだな」


そして――


女性騎士という役職そのものが廃止されることになったのだった。


「今までの私の努力はいったい……」


帰宅したリリアは、机に突っ伏してがっくりと肩を落とした。


「そなたには『セリーをぶった斬る』という目標があったであろう」


アレクが慰める。


「あれは、お兄様が『いたぶった方がよい』とおっしゃったのでやめました」


リリアは顔を上げることなく答えた。


「自分を守るためでよかろう。今回だって、それで王妃陛下をお守りできたのだから」


アレクがさらに励ます。


「立派な女性騎士になって、伯父様と伯母様に恩返しをしようと思っていたのに……」


リリアがぼそりとつぶやく。


「恩返しというのであれば、『お父様』『お母様』と呼んでくれ。それが一番喜ぶ」


アレクが言う。


だが――


「それができないから、女性騎士を目指していたのです。


その道を自分で潰してしまったのですから」


そう言うと、リリアはとうとう泣き出してしまった。


アレクは何とも言えない表情で妹を見つめるしかなかった。


それからは付き人への持ち物検査が強化され、同じような事件は起こらなくなった。


それでも念のため、王妃の席の横には一本の剣が立てかけられるようになった。


ある日のことだった。


リリアは、一人の青年に声をかけられた。


長身で凛々しく、立派な衣装をまとった青年だった。


「そなたは語学に優れ、剣の腕も立つそうだな。


ぜひ話を聞かせてほしい」


リリアは目を丸くした。


相手は王太子殿下だった。


「いえ、私など殿下とお話できるような立場ではございません」


深く礼をすると、そのまま慌てて立ち去る。


数日後。


「アレクシスを呼べ」


王太子はリリアの兄を執務室へ呼び出した。


「アレク。私はリリアが気に入った」


開口一番だった。


「間を取り持ってくれぬか?


両親の許可はすでに得ている。後は彼女の気持ち次第だ」


王太子の目は真剣だった。


アレクは頭を抱えそうになる。


「父上たちは何と……」


「侯爵にも伝えてある。


だが、『本人次第』とのことだった。


あまり乗り気ではないようだな」


王太子は続ける。


「だが、そなたと私は幼馴染だ。


協力してくれるだろう?」


そう言ってアレクの手をがっちりと握った。


「ええと……」


アレクは困った。


「妹に王太子妃は荷が重いと思います」


正直な気持ちだった。


過去の傷はまだ癒えていない。


侯爵令嬢を名乗ることですら、ようやく慣れてきたところなのだ。


「実は妹が元々伯爵家の令嬢で、その家がなくなった経緯はご存知ですか?」


アレクは思い切って尋ねた。


「知っている」


王太子は即答した。


「詐欺に遭ったのであろう。


運が悪かっただけだ。


リリアには何の責任もない」


そして真っ直ぐ前を見る。


「今は立派な侯爵令嬢だ。


過去など関係ない。


あの語学力、知性、そして咄嗟に剣を取れる冷静さ。


私はそこに惚れたのだ」


王太子の目が熱を帯びる。


「彼女は私の妃にふさわしい」


(まずい……)


アレクは悟った。


完全に本気だ。


「妹はまだ十五です。


もう少しお待ちいただけませんか?」


「わかった」


王太子は不承不承うなずく。


「だが、他の者と婚約させるのはなしだからな」


「ですから、それは本人次第かと……」


アレクはますます困った。


どうしても協力する気になれない。


その時、ふと思う。


(父上も叔母上の結婚に反対したと言っていたな。


こういう気持ちだったのか……)


妙に納得してしまった。


「私は兄として、妹の幸せを第一に考えたいのです」


アレクは必死に訴えた。


「妹は両親を失い、家も失いました。


その傷がまだ癒えていないのです。


伯父である父上にさえ気を遣っているのですから」


「なんと……」


王太子は感心したように目を見開く。


「姪でありながら、引き取ってくれた伯父にそこまで気遣えるとは。


なんと謙虚なのだ」


さらに目が輝いた。


「ますます気に入ったぞ!」


逆効果だった。


アレクは打ちひしがれそうになる。


「では……まずは私も交えて三人で話をするところから始めませんか?」


いきなり二人きりは無理だ。


絶対に無理だ。


「なぜ、そなたが入るのだ!」


王太子が不満そうな顔をする。


(あなたが前のめりすぎるからですよ!)


アレクは心の中だけで叫んだ。


「妹は人見知りが激しいのです」


「人見知り?」


王太子は首をかしげる。


「馬鹿な。


来賓たちとは楽しそうに話しているではないか」


「それは仕事だからです!」


アレクの声が悲鳴に近くなる。


「私生活は全く別なのです!」


王太子はしばらく考えた後、仕方なさそうにうなずいた。


「まあ、そこまで言うなら仕方ない」


そして真顔になる。


「だが、私は絶対に諦めぬ。


それだけは覚えておけ」


ようやく解放されたアレクは、大きく息を吐いた。


「リリアになんと言おう……」


兄の悩みは尽きないのであった。


普通は喜ぶべきところなのに・・・複雑です

お読みいただきまして、ありがとうございます

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