「もう少し時間をください」
レオンの処遇が決まります
国王夫妻と王太子、侯爵、そして重臣たちは、レオンの処遇について話し合っていた。
「前侯爵の隠し子という形にして、まずは侯爵の養子に迎える。その後、途絶えたエピナスチン伯爵家を継がせるのはどうだろうか」
国王が言う。
「よろしいかと存じます。あの領地は、きちんと治めれば豊かになるはずです」
侯爵がうなずいた。
かつて借金のかたとして取り上げられた領地だったが、不正な契約であったため、現在は侯爵家の管理下に置かれている。
「では、伯爵領を侯爵領へ格上げし、レオンに継がせよう。それでよいな?」
「ご本人が承諾されるのであれば」
こうして方針は決まった。
その知らせは、アレクとリリアにも届けられた。
「やった! レオンがお兄様になるのですね!」
リリアは大喜びだった。
長い間、自分を陰から支えてくれた恩人である。
さらに、自分と同じ王弟の血を引く腹違いの兄だと知り、リリアは涙を浮かべた。
「本当のお兄様だったのですね……」
「まさか、リリアも王弟の娘だったとは……」
レオンも複雑な表情を浮かべる。
「弟もできたのですよ。頼りにしています、兄上」
アレクが笑った。
もともと信頼していた護衛だっただけに、三人とも自然に受け入れることができた。
そしてレオンは、新たなエピナスチン侯爵として、かつての伯爵領へ向かうことになった。
「兄上、時間があれば遊びに行きますからね!」
アレクが手を振る。
「いや、私の本当の兄上なのだ。取るな!」
アンドルが不満そうに言う。
その言葉に皆が笑った。
一方、元エピナスチン伯爵夫人は事情を考慮され、釈放されていた。
しかし、アンドルは許さなかった。
「王弟殿下が妻にすると言ったのです……」
母は涙ながらに訴える。
だがアンドルの目は冷たいままだった。
「婚約者がいると知りながら誘いに乗ったのは、あなたです。
王弟殿下の婚約者の気持ちを考えたことはあったのですか?
そして、婚約者だった父上の気持ちは?」
母は何も答えられない。
「私はもう、あなたを母とは呼びません」
アンドルは静かに言った。
「もし父上があなたを家に戻すなら、私が家を出ます。
跡継ぎなら養子を取ればいい。
実は他にも隠し子がいるのではありませんか?」
そう言い残し、アンドルは家を出た。
そして真っ先に向かった先は、レオンのもとだった。
「将来の執事として、私を雇ってください!」
レオンは思わず笑った。
「人手は欲しいが、即決はできないな」
「では見習いでも構いません!」
二人のやり取りに、周囲も思わず笑顔になる。
その後、レオンはぽつりと言った。
「前侯爵様には感謝している。
だが、複雑でもある」
前侯爵は確かに本を届けてくれた。
勉強する機会も与えてくれた。
しかし、その一方で娘ばかりを気にかけ、跡継ぎである現侯爵には冷たかった。
恩人であることは間違いない。
だが、手放しで称賛できるわけでもなかった。
「血の繋がりとは何なのであろうな」
レオンがつぶやく。
アレクは静かに答えた。
「父には母がいた。母にも父がいた。
そして亡くなった妹が、天国から見守ってくれていると思う。
きっと妹がリリアを我が家へ導いてくれたのだ」
しばらく沈黙が流れた。
やがてアンドルが口を開く。
「もう過去は忘れましょう。
未来の糧にするのです。
残念だった、で終わらせないために」
アレクもうなずく。
「肉親の絆は血筋だけではない。
どれだけ同じ苦労を共に乗り越えたかだと思う」
そして、ふとレオンがアレクを見た。
「リリアには幸せになってほしい」
「そうですね」
「そのことだが――兄として言わせてもらう」
レオンがにやりと笑った。
「そなたは、リリアが一番苦しい時に寄り添い、支えてきた。
我々以上に、あの子を理解している」
アレクは嫌な予感がした。
「そなたがリリアを娶るのが一番よいと思う」
「は?」
アレクの思考が止まる。
「兄からの願いだ」
「い、いや、その……父上や母上のお考えもありますし、国王陛下のお許しも――」
珍しくアレクが慌てた。
レオンは楽しそうに笑う。
「夫人にとっても良い話だ。本当の娘になるのだから」
「勝手に決めないでください!」
アレクは真っ赤になって叫んだ。
「王太子殿下は腹違いの兄。
私も腹違いの兄
アンドルは家を飛び出して無職だ。
他に釣り合う相手がおるか?」
「リリアの気持ちを聞かないと!」
「では、リリアが良いと言えば問題ないのだな?」
レオンの目が楽しそうに細められる。
アレクは言葉に詰まった。
「本当の兄弟になれる日を楽しみにしている」
そう言い残し、レオンはアンドルと共に領地へ旅立っていった。
◇ ◇ ◇
アレクは考え込んだ。
「いとこ同士の結婚など、貴族では珍しくないからな……」
では、他にふさわしい相手がいるだろうか。
そう考えてみたが、誰も思い浮かばなかった。
リリアほど賢く、よく働き、人柄も良い女性を、アレクは他に知らなかったのである。
試しに王太子へ相談してみた。
すると王太子は目を潤ませながら言った。
「兄弟になろうではないか。そなたになら妹を任せられる」
そして、さらに続ける。
「血の繋がりさえなければ……。だが、そなたなら許す。幸せにしてやってくれ」
国王夫妻も大賛成だった。
「侯爵家なら何の問題もない」
国王は満足そうにうなずく。
「そちの代になったら、公爵家へ昇格させるつもりだ。
セリーという極悪人を捕らえ、さらに王弟の忘れ形見を長年守り続けてきた。その功績は大きい」
話はどんどん大きくなっていった。
そして確実に、周囲から外堀が埋められている。
だが、アレクには何かが引っかかっていた。
ある日、アレクはリリアに尋ねた。
「リリア。そなたは私と結婚する気があるのか?」
リリアはしばらく考え込んだ。
「以前、執事さんに『ずっとこの家にいてください』と言われました。
私はお嫁に行かず、このまま独身で侯爵家に仕えるつもりだったのです」
アレクは思わず額を押さえた。
「私と結婚すれば、ここにずっといられるぞ。
仕事も続けられるし、侯爵家の跡継ぎも作れる。
もちろん仕事も大事だが、跡継ぎを残すことも大切な役目だ」
自分でも思った。
――これは求婚なのか、それとも就職の斡旋なのか。
だんだんわからなくなってくる。
「リリアは、私のことをどう思っているのだ?」
貴族の結婚は、家同士で決まることが多い。
本人の気持ちなど、ほとんど考慮されない。
それでもアレクは、どうしても聞かなければならない気がしていた。
リリアは素直に答えた。
「好きです」
アレクの胸が少し高鳴る。
だが、次の言葉で力が抜けた。
「前から言っております。嫌いではありません」
「嫌いでなければいい……のか?」
アレクは遠い目になった。
そして、さらに尋ねる。
「その『好き』は、レオンに対するものより強いのか?」
リリアは目をぱちくりさせた。
「わかりません……。
レオンは恩人ですし、アンドル様も嫌いではありません」
アレクは深く息を吐いた。
そして決心する。
「もう少し時間をかけよう」
リリアが首を傾げる。
「もしかしたら、そなたが本当に好きだと思える男が現れるかもしれない。
私も、そなたはかわいいと思う。
だが、今のところ『妻』として見られる自信がない」
アレクは正直に言った。
「今の私にとって、そなたは『かわいい妹』だ。
いとこという血のつながり、それが影響している気がする」
こうして二人は、結論を先送りにすることにした。
その知らせが周囲へ伝わる。
婚約決定だと信じ込んでいた人々の落胆は大きかった。
国王夫妻。
侯爵夫妻。
執事。
騎士団。
そしてなぜか王太子まで。
「期待させておいて裏切るとは!」
アレクは四方八方から責められた。
それでも彼は頭を下げる。
「もう少し時間をください」
そう言うしかなかったのである。
期待させておいて・・・・(笑)
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