兄上になってください
前の話と今回、まとめてもよかったのですが、分けたかったので同時公開にします
「レオン。実際のところ、私の叔母上はどのような人だったのだ?」
アレクが自室で本を読みながら尋ねた。
「本当の話をしても?」
レオンが確認する。
「構わない。どうせ、もう会うことはない。私には前執事の話が本当とは思えなかった」
アレクはページをめくりながら答えた。
「ここへ来たばかりの頃のリリアは、それはもう痛々しかった。
必死に両親の不祥事を隠し、ひたすら働いていたよ。
本だけは好きで、読むためならどんな苦労も惜しまなかった」
独り言のようにアレクがつぶやく。
レオンは遠い目をした。
「伯爵夫人は何もせず、ひたすら娘であるリリアをこき使っていた。
伯爵とセリーは、いつも二人きりで部屋に閉じこもっていたよ」
「二人は何をしているのか?」
幼いリリアに何度も聞かれた。
だから私は、男女のことを説明した。
「そういうことは夫婦以外でしてはいけない」
何度も言い聞かせたが、理解できたかはわからない。
私は、わざと食事を半分残していた。
リリアが後で食べられるようにな。
だが伯爵夫妻も、セリーも、残らず平らげていた」
アレクは何も言わず、本を見つめていた。
「後は前執事が話した通りだ。
前侯爵の指示で、私たちは逃げることになった。
私はセリーが持っていた自分の身分証を盗み返した。
夫妻から渡されたのは偽物だったからな」
レオンは苦笑した。
「伯爵夫妻は本物の身分証をセリーに売り渡していた。
別の子供を侯爵家の後見があるように見せかけるためだ。
私は書類と一緒に金も盗み出し、リリアを連れて逃げた」
「前執事が渡した逃亡資金は?」
アレクが尋ねる。
「夫妻の懐に入った」
レオンはあっさり答えた。
「だよな……」
アレクが遠くを見る。
「うちへ来た時のリリアの姿といったら、ずぶ濡れで物乞いのようだった」
「侯爵家の紋章入りの指輪を持っていたから、身元がわかったのであろう?」
「ああ。顔が叔母上によく似ていたのも幸いした。
あの指輪は、もしかして――」
アレクが初めて本から目を離した。
レオンは肩をすくめる。
「私が伯爵夫人の隙を見て拝借した」
「やはりか」
「夫人には『セリーが盗んだ』と言っておいた。
あの時の二人のやり取りは面白かったな。
『返せ』
『あんな安物いらない』
と」
レオンは小さく笑った。
「実際、セリーは夫人の宝石を勝手に持ち出して売っていた。
だから、あの指輪には価値がないと思ったのだろう」
「リリアがそなたを悪く言わなかった理由がわかった」
アレクは静かに言う。
「私は、てっきりセリーの仲間だと思っていた」
「前侯爵から『性格のいい伯爵だ』と聞いていたから期待したのだ」
レオンは苦笑する。
「とんでもなかった。
前侯爵も人を見る目はなかったようだ。
まあ、セリーのおかげで悪知恵だけは身についた」
「両親を『お父様』『お母様』と呼べなかった理由もわかった」
アレクは本を閉じた。
「なぜか『お兄様』だけは自然に呼ぶようになった。
そなたのおかげだったのだな」
そして静かに頭を下げる。
「妹を助けていただき、ありがとうございました」
レオンは首を振った。
「教会で一緒に本を読んだ時、『お兄様』と呼んでくれた。
あの時から、リリアは私の妹だった」
しばらく沈黙が流れる。
「伯爵は、私が娼館育ちだと知っていた。
だからリリアに『近づくな』と言ったのだ。
あの人は娼館の常連だったからな。
私の口から何か漏れるのを恐れたのだろう」
レオンは苦笑した。
「それでもリリアは側に来てくれた。
アンドルも、わざわざ伯爵邸まで様子を見に来てくれた」
レオンの表情が少し和らぐ。
「私は、あの身分証のおかげでここで暮らせた。
好きなだけ本を読めた。
城の図書館にも入れるようになった」
「前侯爵が持ってきてくれた本は、娼館ではすぐに売られてしまった。
それでも、あの方は何度も持ってきてくださった。
私にとっては恩人だ」
そう言って、レオンは小さく笑う。
「今は身分保留の身だが、私はずっとここに居たい」
アレクも笑った。
「兄上になってくださるか?」
「いえ、護衛としてです。今の生活の方が気楽でございます」
「それは無理だろうな」
アレクは肩をすくめた。
「まあ、どのような沙汰が下るかだ」
二人は顔を見合わせ、静かに笑った。
チャッピーは「兄上になってください」「いえ、護衛としてです」の会話が好きだそうです
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続きもお読みいただけますと幸いです




