そなたは優しいな
前執事さんが登場いたしますが・・・
「前侯爵様に匿われていました。セリーに連れ出されたのは偶然でございます」
レオンが言った。
「リリアに本を読み聞かせしていたのも、そなたか?」
「はい、左様でございます。セリーの命令でした。アレクシス様が侯爵家嫡男であるとは知りませんでした」
「そなたはいったい何者なのだ? なぜ父上はそなたを匿ったのだ? どこで?」
「なぜ匿ってくださったのかはわかりません。私はずっと娼館におりました。
この間、処罰を受けた夫婦が経営していた娼館でございます。
前侯爵様は客を装ってそこへ来られ、私に本を渡してくださいました」
「娼館か……。それでリリアに変なことを吹き込んだわけだな」
アレクが顔をしかめた。
「大変申し訳ありませんでした。あまりに未熟で、事の重大さが理解できておりませんでした」
レオンはひたすら頭を下げる。
「レオン。そなたは長年我が家に忠義を尽くしてくれた。今さら疑うつもりも、処分するつもりもない。
ただ、本当の身元だけは気になる。出生に関わる物は何か持っていないのか?」
レオンは首を振った。
「何もありません」
「そうか……」
その時、リリアが姿を現した。
「お話は聞きました。私、最近いろいろと思い出してきているのでございます」
そう言って、盆の上に置かれた身元証明書をじっと見つめる。
「署名の文字が、あまりにも小さくありませんか?」
「確かに、普通の書類に比べると余白が多いな」
侯爵がつぶやいた。
リリアは書類を手に取ると、暖炉の側へ歩いていった。
そして火にかざす。
「何をするんだ!」
アレクが叫ぶ。
「見てください。文字が浮かんできました」
リリアは冷静に答えた。
大きな余白部分に、ゆっくりと文字が現れる。
『この者は、王弟殿下とプロムフェナク伯爵令嬢との間に生まれた子である』
その場にいた全員の視線がレオンへ向けられた。
「まさか……!」
その知らせは、すぐに王宮へ届けられた。
「やっかいなことだ……。王太子に腹違いの兄がいたとは……」
国王は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
「そう言われれば、確かに王太子にもアンドルにも似ている気がするな……」
アレクがつぶやく
レオンは護衛の任を解かれ、侯爵家の『賓客』として扱われることになった。
「ややこしすぎて、全然わからない……」
アレクが頭を抱える。
「亡くなったプロムフェナク伯爵は、妹の子だと知ってセリーの言いなりになってしまったのだな。
そして我が妹も、それを知りながら何も言えなかったと……」
侯爵がつぶやいた
「やっぱり、お人よしが過ぎますね」
リリアは複雑な表情を浮かべた。
「人がいいというのとは違うと思います」
レオンが静かに言う。
「他人の言いなりになるだけの、自分のない人間だったと、近くにいて思いました」
「だが最後には、そなたとリリアを逃がしたのであろう?」
侯爵が問う。
「自分たちが逃げるのに足手まといだったからではありませんか?
結局、自滅しましたね。
セリーは夫人を娼館に売るつもりでした。死なせるつもりはなかったのです」
さらにレオンは続けた。
「前侯爵様には感謝しております。しかし……娼館などに預けてもらいたくはありませんでした」
「それは誤解でございます!」
突然、声が響いた。
現れたのは前執事だった。
「恐れながら申し上げます。
娼館に預けたのはセリーです。預けたというより、売ったのでございます。
前侯爵様がそれを知ったのは数年後でした」
前執事は深く頭を下げる。
「リリアお嬢様の母上が嫁がれた後、伯爵様から
『自分の妹も王弟の子を産んだ。行方を探してほしい』
と頼まれたのでございます」
そこから、前執事はレオン発見までの経緯を語り始めた。
◇ ◇ ◇
私どもの手の者が必死に探しました。
そして、エピナスチン伯爵夫人と会うセリーを見つけ、後をつけて、やっとレオン様を見つけたのでございます。
前侯爵様は何とかレオン様を引き取ろうとなさいました。しかし、相手が要求する金額があまりにも高額だったこと、さらに王弟殿下とエピナスチン伯爵夫人との醜聞を世に広めると脅されたことで、手を出せなかったのでございます」
前執事は無念そうに語った。
「ですから前侯爵様は足繁く娼館へ通われました。
そしてレオン様に本を届け、娼婦の一人に頼んで勉強を見てもらうよう手配しておられたのです。
できる限りの手は尽くされていました」
「だが、セリーが伯爵家に乗り込んだ時には、ほとんど見殺しだったではないか」
レオンが静かに言う。
「それに伯爵夫人も、セリーの言いなりになって娘がこき使われるのを黙って見ていた。
母親としてどうなのだ?
娘だけでも逃がして、侯爵家へ助けを求めることはできたはずだ」
その声には、押し殺した怒りが滲んでいた。
「その頃の父は、もう床に伏していたのだよ」
侯爵が深いため息をつく。
「妹のことばかり心配して、私には冷たいと思っていたが……そういう訳だったのだな。
多額の財産を使い込み、娼館に通う父を私は――」
侯爵はうつむいた。
「軽蔑していた。
そんな事情があったとは夢にも思わなかった。
なぜ話してくれなかったのだ?」
侯爵の視線が前執事へ向けられる。
「『息子は巻き込みたくない。自分の胸の内だけに収めておきたい』と」
前執事はうなだれながら答えた。
「レオン様がその身分証を持って現れた時、私は怪しいと思い、父に相談いたしました。
しかし父は、
『亡くなった前侯爵の遺書のようなものだ。見逃してやれ』
と言ったのです」
今の執事が申し訳なさそうに言う。
その場は静まり返った。
レオンは黙ってうつむいていた。
「私は前侯爵様に頼まれ、エピナスチン伯爵夫妻を逃がす手配をいたしました。
レオン様とリリアーナ様には、先に侯爵邸へ向かっていただきました」
前執事は静かに続ける。
「本来であれば、侯爵家の離れた領地へ逃げられるはずだったのです。
しかし途中で天候が崩れ、道が崩落し……馬車ごと落ちてしまわれました。
伯爵様は、
『落ち着いたら必ず二人を迎えに行く』
とおっしゃっておりました」
レオンは前執事を見つめた。
その眼差しは不思議なほど穏やかだった。
「そなたは優しいな。
リリア様と私に気を使ってくれているのだな」
「それはいったい――」
前執事が動揺したように顔を上げる。
レオンは苦笑した。
「あの二人が、そんなことを言う訳がない。
ただ、そなたに免じて、そういうことにしておこう」
前執事は何も言えず、そのまま押し黙った。
「もうよい」
侯爵が口を開く。
「わざわざ来てくれて感謝する。
今日はもう帰って休むがよい。
執事よ、父上を玄関までお送りしなさい」
「かしこまりましてございます」
そうして前執事は部屋を辞した。
玄関を出たところで、前執事は現執事である息子に小さくつぶやく。
「あのレオン様も、ずいぶんとお優しい人じゃ。
どうか助けて差し上げてくれ」
そう言い残し、静かに帰っていった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます
続きを読んでいただけますと、幸いです




