王室発表
「——あんなキラキラの格好で触れ回るって事は、おめでたい知らせだね。何だろう?」
首をひねるヒルダの横でシリルがつぶやいた。
「もう発表されるのか。早いな」
「え?」
けげんな顔をするさやにシリルが言った。
「先程の質問ですが、多分これでお答え出来ます。さあ、急いで広場へ行きましょう」
王宮中央バルコニー前の広場にいち早く着くと、シリルはさやとヒルダを促して前の方に陣取った。
広場はすぐに群衆で一杯になり、兵が広がって規制線になる。
やがてバルコニーに正装した王太子が現われた。
歳の頃は二十歳前後だろう。中背で、少し線の細さを感じさせる美青年だ。輝く金髪と青い瞳も相まって、いかにも王子様然とした風情である。
王太子の隣には若い女性がいて、王太子の腕にベッタリ抱き付いていた。
歳はやはり二十歳ぐらいか、金髪でふわふわの巻き毛とくりくりした茶色の目が、なかなか愛らしい娘である。
遠目にも高価だと分かる程豪勢な装身具で全身を飾り立てている上、身に着けているスカートが大きく広がったピンクのドレスは、さやにしてみたらやり過ぎだと呆れるしかない程フリルとレースだらけだった。
少しして二人の後ろから別の少女が現われた。
歳はさや、いやヨルンと同じぐらいだろう。ほっそりした身体を包む青いマーメイドラインのドレスは至ってシンプルだ。装身具も簡素なネックレスとイヤリングだけで、巻き毛の娘とは対照的だった。
緩く結い上げた銀の髪に彩られた大人しそうな顔はハッとする程美しいが、簡素な装いと相まってかなり寂しげな印象を見る者に与えた。
この三人が並んでいる情景を見たさやの脳裏には、今後起こり得る光景が浮かんだ。
いや、流石にそれは無いだろうと慌てて打ち消していると、王太子が巻き毛の娘を腕に抱き付かせたまま、青いドレスの少女の方を向いた。
そして少女に鋭く指を突き付けると、何とさやの頭に浮かんだ通りの言葉を投げつけたのだ。
「ヴァランティーヌ・ダンマルタン公爵令嬢、私は君との婚約を解消する!」
(へ⁉)
さやはぽかん、と口を開けた。王太子は言葉を続ける。
「君のコーンウォール男爵令嬢に対する数々の誹謗中傷と嫌がらせは目に余る! もう見過ごす事は出来ない! 君は…… 王太子妃に相応しくない娘だ」
最後の言葉を発する時に王太子の声が一瞬震えたが、すぐに腕に抱き付く娘を愛おし気に見やった。
それから王太子は群衆に向かって更に大きな声で言った。
「私はここに宣言する! ダンマルタン侯爵令嬢に代わってこちらのパトリシア・コーンウォール男爵令嬢―― 皆も良く知る聖女殿を私、フランツ・フォン・サンクアローの妃とする!」
途端に群衆がワーッと沸いた。大歓声の中、さやは目の前で繰り広げられている〝劇〟に言葉を失っていた。
これはまさしく。
(〝断罪式〟じゃないか……!)
そう、漫画や小説などでよくある婚約破棄ざまあもので、さやが嫌というほど見かけた冒頭シーンだ。
美形ではあるが決してたくましくは無いちょっと気弱な感じの、つまりかなりポンコツ感が漂う王太子と、それにしなだれかかる小悪魔系娘。
そして、そう、これが何より肝心だ。婚約破棄されたけど、あんたどう見ても無実の罪で非難されているよね、という感想しか浮かんでこない線の細い美少女。
この美少女は場合によっては結構気丈に反論したりもするんだけど、今回は一切口ごたえせずに従うタイプとみた。
さやは〝劇〟に見入り、やがて感動のため息をついた。
そう、此処に至ってようやくさやは実感したのだ。自分が〝異世界〟にいることを。
こう見えてさやは婚約破棄ざまあものが結構好きだった。
現在王太子にしなだれかかっている娘のポジション、場合によっては〝物語〟の本ヒロインだったりするが、結局はあからさまな悪役である女をそういう物語で見かける度に、重なるのだ。
さやの例の、母という名の宿敵と。
現実では宿敵にかなりやられ気味だった分、さやは物語でその小悪魔系娘がコテンパンにやっつけられる度に痛快な気分になったものだ。
だもんでさやにとって異世界とは、婚約破棄ざまあものなのである。
(やっぱこれだよな。そう、異世界はこうでなくっちゃ! 華やかな王都で繰り広げられるラブロマンス…… じゃなくてポンコツ王太子と性悪男爵令嬢と無実で心根の良い美少女によるざまあ! ああ、乾いた心に染みる!)
異世界に転生してから砂漠で遭難したり、掃除したり、掃除したり、掃除したりして、それが終わったらサバイバルゲーム的な逃走劇ばかりだったからイマイチピンと来なかったけど、ここでさやはやっと巡り合ったのだ。
自分が一番馴染んでいた〝異世界〟に。
しかもさやのポジションは最高だ。バルコニー上の泥沼三角関係とは全く無縁の一般観衆。
おまけにシリルが確保してくれた場所は最前列の特等席だ。
(後はこれであの、無実で顔も心も美しく、王妃教育とかもしっかり受けてて礼儀作法とか教養もバッチリの侯爵令嬢に求愛する、王太子より男として数段格上で性格もめちゃ良しの超絶ハイスペックイケメンが出てくれば、文句無いんだけどなあ)
——と、ひとしきり妄想を楽しんださやは改めて考えた。
(で、本当はどういう事情なんだ?)
この、あまりにもあからさまな出来レース。公衆の面前で二人の女性を並べて一方には婚約破棄を、一方には婚約決定を同時に王太子自ら宣言する異常事態。
なのに群衆は大喜びだ。全員あの聖女とやらに洗脳されているのでなければ、一体どういう状況なのだろう?
「ダンマルタン侯爵令嬢、本来なら君は追放処分になって然るべきだ。しかし我が国に対し多大な功績を為した君の父上の懇願を無視する事も出来ない。従って、君にはこのまま王宮に留まることを許し、私の側妃となるよう命じる。お忙しい聖女殿に代わって一切の雑務を引き受けよ!」
(追放処分が側妃に?)
王太子の命令に、さやは更に訳が分からなくなった。
一方王太子は再びパトリシアを見つめて言った。最前列だと聞こえるぐらいには大きい声だ。
「愛する君よ、どうか側妃を置く事を許してくれ。聖なる役目がある君に、王妃のつまらない仕事まで負わせる訳にはいかないんだ。もちろん僕にとって愛しい人は、君だけだ」
パトリシアは愛らしい顔をかしげながら、ニッコリ笑って言った。
「仕方ないわね、あなたは王太子なんだから。いいわ、あたしはあなたの妻になれればそれで良いのよ。我慢してあげる」
(……あげるって、うわあ)
「……すごい女だなあ。王太子相手にあの言葉遣いって」
思わずさやが呟くとシリルが言った。
「別におかしくはありませんよ。彼女の立場ならあの言葉遣いは当たり前です。私としては、むしろ王太子殿下の彼女に対する言葉遣いの方が気になります。彼女の方が余程立場は上ですから。まあ恐らく〝聖女殿〟のご意向なのでしょうが」
「え?」
さやは驚いた。あの傍若無人な男爵令嬢が王太子より立場が上になるなんて、どうなったらそんな状況になるのだろう?
だがそこでさやは気付いた。
目の前の光景があまりにもテンプレな婚約破棄ものであることにすっかり心を奪われていたが、落ち着いて考えてみればこの世界にはあったではないか。
そういう人間が、そういう立場になる場合が。
「シリル、彼女はひょっとして……」
「ええ、パトリシア・コーンウォール男爵令嬢。〝聖女〟の通り名を持つAランクヒーラーです」
明日も20時頃更新の予定です。
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