ラーダの枝の意味
さやは動揺しまくっていた。
何故ならトーリ―― エルフの国ではラーダと呼ばれていた木の枝を祭壇の前で誰かに渡すのは自分の伴侶になってくれと願うこと、つまり求婚の儀式だったからだ。
最後の儀式がガーディアンに〝トーリの小枝〟を渡すのだとは聞いていたが、まさかそれがエルフの求愛の証と同じ枝とは思いもしなかった。
これでは結婚式みたいどころか、結婚式そのものだ。
しかもエルフの求婚は人間のそれとは重さが違う。
例え受け入れられなくとも生涯その者を愛し抜く覚悟の上で為す儀式だ。
それ程の想いを、この枝に込めるのだ。
動きが止まったさやに司祭が尋ねた。
「サヤ殿、異存がおありですか?」
「…………」
さやは異存など無いと答えようとしたが、言葉が出なかった。
落ち着け、これは儀式が同じなだけで求婚では無いのだと自分に言い聞かせるのだが、どうしてもためらってしまう。
ラーダの枝を渡す事、それはエルフにとって、あまりにも重い儀式なのだ。
さやが枝を受け取れないでいると、シリルがさやに言った。
「サヤさん、今日は一旦儀式を取り止めましょうか?」
さやはシリルを見た。
シリルの目は儀式をためらうさやを決して責めてはいない。
むしろさやの〝迷い〟を尊重しようとしてくれている。
それを感じた時、さやは何とか思い出した。
今後自分がどんな役目を果たさなければならないか、そしてそれを目の前の男と協力して為そうと決意した事を。
その決意がさやのためらいを上回った。
さやはようやく司祭から枝を受け取ると、それをシリルに差し出した。
シリルは何か言いたげだったがそのまま受け取り、何とか誓いの儀式は無事終える事が出来た。
儀式が終わった後に支部長が祝いの席を設けてくれたが、さやとシリルは宿で待つヒルダを気遣い早々に引き上げた。
支部を出て宿に戻る途中、さやは冷や汗をかきながら心の中でぼやいた。
(やれやれ、協会にはエルフの伝承が間違って伝わってるみたいだな。ひどい間違いだよ、ガーディアン就任の儀式が求婚と同じやり方だなんて、シャレにならない……)
そんな訳で、儀式が終わってからさやはシリルの顔をまともに見れないでいる。
さやも我ながら解せなかった。
何であんなにためらったのか、そして何故今でも気にしているのか。
いくらエルフにとっては大事な儀式だからといっても、さやはエルフではないのだからここまで気にする必要は無い筈だ。
なのにまるでエルフの様に、ラーダの枝を渡す儀式が重い。
きっと雰囲気にあてられているのだろう、とさやは自分を納得させた。
実際あの神殿は、本当にエルフの王宮みたいだったから。
ともあれシリルには悪い事をしたとさやは反省した。
彼にとっては大切なガーディアン就任式だったのだろうに。
さやは神妙な面持ちでシリルの方を向くと、頭を下げて謝った。
「シリル、ごめん! 大事な儀式なのに、変な態度取っちゃって……」
さやの謝罪にシリルは微笑んで首を振った。
「サヤさんが謝る必要はありません。ためらっても仕方の無い状況でしたから」
「仕方無い?」
けげんな顔をするさやにシリルは言った。
「今回はヒルダさんがいませんでしたから。しかも今度こそ協会への本登録です。ヒルダさんがいない処で大事な事を決めるのは、サヤさんにとっては難しい決断でしょう」
仕方無いと言いながらも、シリルの顔はいささか寂しげだ。
さやは焦った。
考えても仕方無い事を悩んでいる場合では無い。今気にするべきは、自分のガーディアンだ。
とにかくシリルの誤解を解こうとさやは一生懸命弁解した。
「そうじゃないよ! 別に協会に登録するのが嫌だとか、シリルをガーディアンにする事をためらってたとかじゃないんだ! ただ、その……めんくらっちゃって」
「めんくらった?」
さやはエルフの求婚の話に触れないように理由を言った。
「いや、あの時には生涯仕えるだの、それを誓う証だの、結構重い言葉が続いたじゃない。そんなのを聞いてたら何だか結婚式みたいだなあって思っちゃって…… そうしたら何だか妙に意識しちゃって、手が止まっただけだよ。いや! 自分でも馬鹿だと思うんだけど……」
話しながら、さやはちゃんとした理由をシリルに話せない事を少々もどかしく思った。
今のさやは自分の事情をシリルに話す気にまではまだなれないが、何かを説明する時に自分のある一部を常に隠さねばならないのはやはり窮屈だ。
シリルはさやの言葉に少し考えているようだったが、やがてこう言った。
「確かに結婚式みたいなものかもしれませんね。自分のヒーラー殿とそうした絆を結ぶガーディアンは、珍しくありませんから」
(へ⁉)
「そういう方達はあのガーディアン就任式を結婚式だと考えて、そうした関係になっても改めて挙式することは無いんですよ…… あ」
淡々と知っている事を話していたシリルは目が点になっているさやを見て、いまの話がかなり気まずい内容であることに気付いたようだった。
「いや! もちろんそういう例もある、というだけです! そんな絆の無い方達もたくさんいらっしゃいますよ! ええ! そういう方達にとっては、あれはただのガーディアン就任式です、はい!」
「そうなんだ……」
さやがこう答えたのはもちろん、シリルが慌てて後から付け加えた情報に対してではない。
結局さやだけでなくシリルまでうつむいて歩くことになった。
さやは自分の素性を隠していて本当に良かったと思った。
おかげでエルフの儀式について、シリルに話さなくて済んだから。
ラーダの枝の話など、決まり悪いどころでは無い。
まあそれはともかく、やはりシリルにとってはとても大事であろう儀式で不安を感じさせるような態度を取ってしまった事は、さやも何とかフォローしなければならないとは思った。
せっかく本登録がすんだ当日を、こんなに気まずいままで終わりたくない。
さやは下を向いて歩くシリルに声をかけた。
「シリル、大事な儀式に水を差すような態度を取っちゃって、本当にごめん。でも誓ってシリルをガーディアンにする事をためらった訳じゃ無いから。むしろあの時、シリルがあたしのガーディアンで良かったって思ったよ」
「——良かった、ですか?」
顔を上げたシリルにさやは誠心誠意、自分の思うことを伝えた。
「うん。あの時シリルはためらうあたしに儀式を中断しようと提案してくれたよね ——シリルにとってあれはすごく大切な儀式だろうに、それでもあたしの気持ちを尊重しようとしてくれるんだと思ったら、ためらいが消えたんだよ。だからシリルのお陰で、あたしはあの儀式が出来たんだと思う。それは本当だよ」
さやがそう言うと、シリルのしょげた顔が嬉しそうな笑顔に変わった。
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