誓いの儀式
能力測定を終えたさやとシリルは支部に戻った。
協会支部敷地内にある聖殿で、いよいよ登録申請における最後の手続きをする為だ。
シリルの話によると決められた儀式を行うもので、それが最も大事な手続きなのだという事だった。
聖殿は広大な敷地の奥まった、そこだけ林になっている場所にあった。
木々に囲まれた聖殿を一目見たサヤは目を見張った。
その外観は木造であることも含め、ヨルンが暮らしていたエルフの王宮によく似ているのだ。
もちろんずっと小さい上に、使っている木材も違う。
王宮は聖木と呼ばれる数百年の歳月を経て石のように固くなっている木材で建てられていた。
しかし全体の造りはほぼ同じだ。
聖殿を凝視するさやに、支部長は笑いながら言った。
「驚かれるのは無理もありません。木造の聖殿など初めてでしょう。本来聖殿や教会はこの世界をお創りになった女神ラミーリア様を永遠に称える為に、朽ちることの無い石で造ります。しかしこちらはヒーラー協会が古より守り伝えた教えに基き建造された聖殿です。長い年月を持ちこたえられない代わりに、百年毎に建て替えております。さ、お入りください。私は準備がありますので、一旦失礼します」
支部長にうながされ、さやはシリルと共に聖殿の中へ入った。
まず目に入るのは、入り口を入って真正面に据えられた女神ラミーリアの全身像だ。
彩色された像の長い髪は輝く黄金色。
その頭には大地の豊穣の証である麦で編んだ冠が載っており、右手には葡萄を、左手にはこの世界を照らす光の玉を持っている。
豊かな肢体を包む衣は気高い女神に相応しく純白の簡素なローブだ。
少し微笑む顔は慈愛と威厳に満ちていた。
女神像をじっくり見るのは初めてだった。
シナ村の教会にも同じ位置に飾られていたが、あの時は闇祓いでロクに見る余裕など無かったのだ。
〝彼女〟が自分にこの世界の〝大掃除〟を頼んだのだと思うと、さやは何だか感慨深かった。
それにしてもこの像と比べたって、ラミーリアの使い走りなのだろうあの駄女神とは格が違うとしみじみ思う。
自分の〝依頼者〟の姿を見て、さやはやっとスタートラインに立てたと思った。
今後は追跡者に怯えることなく自分のガーディアンと相談しながら女神の〝依頼〟を遂行していくことだけに集中しようと心に誓う。
聖殿の内部は女神像とその前に祭壇があるだけの、ガランとした広間だった。
女神像から床に目を向けたさやは更に驚いた。
これも木製の床の中央には枝を大きく張った七色の木が描かれている。
その木にさや―― いや、ヨルンは見覚えがあった。
(世界樹……)
それはヨルンが暮らしていたエルフの王宮で様々な儀式を行う広間の床に描かれていた、伝説の木だった。
エルフの国では霊力の源となる最も尊い聖木として、女神ラミーリア同様に崇められていた。
床を見たさやは気付いた。
この聖殿の内部は、女神像を除けばその儀式の広間にそっくりだ。
「——シリル、あたしはこの世界の神殿や教会については良く知らな―― 憶えていないんだけど、どこもこういう造りになっているの?」
さやに尋ねられたシリルはこう答えた。
「入り口の真正面に女神像を据えるのは同じです。ただそれ以外の部分については、この聖殿は協会が古より伝えてきた造りになっています ——かつては此処で様々な祭事が成されたそうです。ただ歳月が経つにつれ伝統を知る者が少なくなった上に、前にも申し上げた通り闇の侵食が進んだ事が追い打ちになって、大半の伝統行事の知識は失われました。今では各支部にある聖殿は、ヒーラー殿がご自身のガーディアンと共に本登録の儀式を行う為だけの場です」
「——そうなんだ」
さやはシリルから前もって、本登録とガーディアン任命の儀式についてはある程度説明を受けてはいた。
しかしその聖殿が、こうもエルフの風習の影響を強く受けているとは思わなかった。
ただよく考えれば当然だ。
シリルは前に言っていたではないか。ヒーラーは、エルフの血を引いていると。
エルフの王族が神事を行う広間とそっくりな場所で登録の儀式を行うのかと思うと、さやは少々気まずかった。
ヨルンが王宮で受けた仕打ちや、エルフがどれだけ人間を憎んでいたかを思い出してしまうから。
少しして支部長が戻って来た。
見れば金の刺繍を施した厳かな雰囲気の黒いローブを纏っている。
支部長はさやに深々と頭を下げてから言った。
「サヤ殿、シリル殿、本登録の儀について説明させていただきます。立ち会う者はサンクアロー王国支部の職員であるライザ、レイモンド以下五名、また儀式を執り行う聖職者は司祭であるこの私、アダムスが務めさせて頂きます」
ヒーラーの本登録は協会所属の聖殿で行われなければならない。
そして協会職員五名の立ち合いの下、同じく協会に所属する司祭以上の聖職者が執り行うのだ。
司祭以上の聖職者は協会の上層部が兼任するもので、司祭は協会支部長がその任に就く。
それ故ヒーラーの協会への本登録は、支部長以上の役職の者が常駐する、つまり協会支部以上の施設に行かなければ出来ないのである。
「サヤ殿、ご承知いただけますか? ご承知いただけるのであれば、そうおっしゃって下さい」
「——ええ、承知します」
さやがそう答えるとアダムス支部長—— 司祭は再度一礼して祭壇へ向かった。
そして祭壇の前からさやの方を向いて言った。
「サヤ殿、あなたが選ばれたガーディアンの手を取り、聖なる木の中にお入り下さい」
さやはシリルを見た。
シリルはうなずく。
さやはシリルの下へ行くと手を差し伸べた。
その手にシリルが自分の手を重ねる。
そのまま二人は世界樹の絵の中へ入って行った。
それを見届けた司祭は再びさやに言った。
「サヤ殿、あなたは当ヒーラー協会に属される事を、お望みになりますか?」
「ええ、希望します」
「では、そちらにいる当協会の職員であるシリルをあなたのガーディアンとする事を了承なさいますか?」
「ええ、異存はありません」
どちらの問いにもさやは即答した。
今のさやは協会に所属する事、何よりシリルをガーディアンとする事に一切迷いは無い。
仮登録の時とは違いさやが迷わず了承した時、さやの横にいたシリルの口元が僅かだがほころんだ。
さやもシリルに微笑みかける。
さやの意思を確かめた司祭は、次にシリルに向かって言った。
「シリル、あなたはガーディアンとしてサヤ殿に生涯お仕えし、その御意思を守り抜き補佐すると誓いますか?」
「ええ、誓います」
シリルも間髪入れずに答えた。
司祭とシリルの問答が何だか結婚式の誓いの言葉みたいだとさやがおかしく思っていると、司祭が祭壇の方を向き、備えてあった小枝を両手で取り上げた。
そしてさやに歩み寄ると小枝を差し出した。
「ではサヤ殿、誓いの証としてこのトーリの枝をあなたのガーディアン殿にお授け下さい—— サヤ殿?」
司祭は眉をひそめた。
これまで何のためらいも無くヒーラー協会への登録とガーディアンの就任を承諾したさやが、枝を見て顔を引きつらせているのだ。
(まさか…… トーリって、ラーダの事だったの⁉)
明日も20時頃更新の予定です。
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