ヒーラー協会支部
支部長はさやに向かって丁重に挨拶すると、嬉しそうに笑った。
「いやあ、新たなヒーラー殿が発見された上にその方が浄化能力者だとは、久しぶりに明るいニュースを聞きましたよ。どうかレアンの二の舞になりかかっている地域を少しでも浄化出来るよう、御尽力を期待しております」
「〝レアン〟? シリル、レアンて、何?」
初めて聞く言葉にさやがいぶかしがると、シリルはこう言った。
「闇の汚染度がとりわけひどいとされている地域です。いずれ詳しくご説明します」
そしてシリルは支部長に言った。
「支部長殿、サヤさんの核持ち闇を祓う能力については、クルーガー伯爵から報告があったと思いますが」
支部長はシリルの問いにうなずいた。
「確かにドラド王国においてサヤ殿がクルーガー伯爵から核持ち闇を祓う依頼を受けられ、無事に成功させた事は確認済みです。ドラド王国の支部は伯爵の報告と汚染度検査の要請を受けて直ちに調査員を派遣、王都から派遣された検査官と共に臨時の汚染度検査を行いました。そしてその場で間違いなく核持ち闇が祓えた事を確かめたそうです」
「伯爵の行動制限は、解かれるのですか?」
思わず口を挟んださやに支部長はニッコリ笑って答えた。
「ええ、その闇による行動制限は解かれる事が決定しました。クルーガー伯爵はドラドの王都への出入りを許されるそうですよ」
「——そうですか、良かった」
安堵するさやの横で、シリルは更に支部長に確認した。
「では、核持ち闇を祓える能力については測定する必要無しということでよろしいですね?」
「ええ。今回測定するのは核の無い闇を祓う能力だけです。いや、サヤ殿がクルーガー伯爵の依頼を受けて頂いたおかげで助かりましたよ。今この王都アリアで核持ち闇を祓う能力を測定するなら、アリアからかなり離れた所まで出張しなければなりませんからね」
(え?)
手間が省けたと笑う支部長の言葉にさやは引っかかった。
何しろクルーガー伯爵の領地であるトレントでは、少し馬車で移動しただけで完全封鎖地域に行き当たったのだ。
人口の多い王都なら小規模の完全封鎖地域があってもおかしくないというのが、この世界でしばらく過ごしたさやの印象だ。
そなのに核持ち闇が王都に無いとはどういう事だろう?
「それは良かった。やはり核持ち闇を祓うのには危険が伴いますからね」
首をひねっているさやの横で、シリルは明らかに安堵の色を浮かべていた。
事務手続きを済ませたさやとシリルは馬車で能力測定の場所へ向かった。
支部内には判定に必要なレベルの闇が無いからだ。
測定に立ち会うのは支部長と支部の職員二名だった。
シリルが協会に申請したさやの能力レベルの認定には、支部長の確認が必要なのだ。
繁華街から少し外れた通りを進む馬車の窓から外を見ていたさやは、街に闇が少ないのに驚いた。
これまで訪れていた街では普通に目立っていた闇が、殆ど目につかないのだ。
成る程、これなら核持ち闇の測定が出来ないという支部長の言葉にもうなずけた。
これだけ闇が少ないなら、核持ち闇などまず存在しないだろう。
そして闇が少ないということは。
さやはシリルに言った。
「ねえシリル、アリアではあたしがちょっかい出される心配が無いってあなたが断言してたのは、アリアには闇が少ないから?」
さやの問いにシリルはうなずいた。
「おっしゃる通りです。アリアは当面、ヒーラー殿を求める必要は無いのですよ」
シリルの言葉にさやは納得した。ただ、それでもまだ疑問は残る。
何故アリアには闇が少ないのか?
さやがその疑問を口にしようとした時、馬車が停まった。
「着きました。サヤさん、準備をお願いします」
シリルの言葉にさやは疑問を吞み込んだ。今は測定の闇祓いをする為に心を整えねば。
測定の現場は繁華街の外れにある小間物屋だった。
すでに連絡は受けているのだろう、赤ら顔の店主が出て来て一行を出迎えた。そのまま階段を上って二階の居住スペースに案内される。
居間の扉を開けると正面の壁に黒々とした闇があった。大きさは一メートル四方ぐらいだろう。
「いやあ、無料で闇祓いをしてもらえるなんてあたしは運が良い。助かりましたよ。これくらいのデカい闇だと、王宮の補助があっても依頼料が馬鹿になりませんからねえ。どうやって金を工面しようか困ってたんですよ」
店主がホクホク顔でそう言った事で、さやはこの王都では闇祓いに国の補助が出ている事を知った。
だから闇祓いが進んでいるのだろう。
ただ、それにしても疑問は完全には解けなかった。
さやが今まで見聞きしたことによれば、どれだけ金を積んでもヒーラーを確保する事自体が至難の業だった。
だがこの店主が悩むのは金の工面だけだ。
王都アリアでは闇祓いをするヒーラーを、どうやって確保しているのだろうか。
とはいえ、今はそんなことを考えている場合では無い。
「では始めて下さい」
支部長の言葉にさやは頭をゲンコツで叩いて雑念を追い出すと、次元収納袋からモップを取り出した。
準備が整うとさやは闇に近づき、モップを押し当て念を送る。
たちまち闇は浄化されて金粉が舞い始めた。
さやはモップを闇にこすりつけ、清掃するように闇を祓っていく。
闇が全て消えると支部長は自分の懐中時計を確かめ、さやに笑顔で告げた。
「六分五十秒で完了。確かに見届けました。これで能力測定は終わりです。サヤ殿のランクについては二週間後、登録手続きが全て終わった時に通知します」
支部長の言葉にさやは思わずシリルを見た。
自分はシリルが協会に申請しただけの能力を、発揮出来たのだろうか。
シリルは微笑んで言った。
「お見事でしたサヤさん。さすがですね」
どうやら合格点はもらえたようだ。さやは胸を撫でおろした。
サヤの闇祓いを見届けたシリルは密かに安堵した。
何とか許容範囲内に収まったようだから。
サヤはかなり深刻な闇も問題無く浄化出来るが、闇を祓う速度は決して速くない。
意欲が高まった時はともかく、普段の精神状態では闇祓いにはそれなりの時間が掛かるのだ。
今のように一メートル四方の闇を祓うのに五分以上掛かるのでは、まず高ランクヒーラーにはなれないだろう。
勿論核持ち闇を浄化出来るなら話は別だが、サヤがシナ村で行った闇祓いの〝実態〟は、今のところ協会側には伝わっていないし、今後も伝えないつもりだ。
核を解放したとはいえ五十程度の核が内包された闇を二か月かけて祓い、クルーガー伯爵が依頼した四つの核を含む闇を一日かけて祓っただけなら、何とかサヤのランクを中程度に抑えられるだろう。
ドラド王国もサヤが本登録まで済ませればさすがにこれ以上の手出しはしないだろうし、それならシナ村の真相が露見する可能性は低い筈だ。
事は自分の思惑通りに進んでいる。ただ。
シリルは他の者には分からないようため息をついた。
本音を言えばこんな真似などしたくないのだ。
シリルだってガーディアンとして、自分のヒーラーには最大限の評価を与えてやりたい。
しかしシリルはサヤの様なヒーラーのガーディアンになったなら、そのヒーラーの能力を協会には隠せと指示したあの先輩ガーディアンを強く信頼していた。
彼女が処罰の危険を冒してまでサヤの様なヒーラーをAランクにはするなと自分に忠告したのだ。
しかも隠ぺいには全ガーディアンが協力するという。
なら従うべきだとシリルは思っていた。
恐らく今自分がしている事は、きっとサヤの為になるのだろうから。
そしてその理由ももうじき判明する。
あの先輩から渡された紙には、何故こんな指示を出すかはシリルが正式なガーディアンになれば分かると書いてあったから。
サヤの本登録の申請が済めば、今後自分はサヤの正式なガーディアンとして研修を受ける事になる。
その際には今まで与えられていなかった、この世界やヒーラーに関する情報も知らされるだろう。
恐らくその情報に触れれば、サヤをAランクヒーラーにしてはならない理由が分かるに違いない。
それでもシリルはもしその理由を知っても自分が納得出来ないのであれば、サヤには今度こそ正当な評価を与えてやりたいと思わずにはいられなかった。
明日も20時頃更新の予定です。
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