王都アリア
第3章です。
延々と続く高い灰色の壁を見ながらヒルダは感心した面持ちで呟いた。
「さすがは王都だ。村とはスケールが違うねえ。防壁を見るだけでも気圧されるよ」
さや一行がいるのはサンクアロー王国の王都ラリアを囲む防壁の前だった。
ここにたどり着くまでにどれだけの苦難があったかを思うと、さやも感慨深い。
一行が馬車から降りると、ドラド王国からついて来た護衛の責任者はさやに敬礼して言った。
「我々はここで帰還します。ではお元気で」
さやとヒルダは去って行く馬車と兵達を不安な面持ちで見つめた。
ドラド王国であれだけ追いかけ回された事を思えば、何の守りも無くなるのはかなり心細い。
浮かぬ顔をするさやとヒルダを安心させるように、シリルは力強い口調で言った。
「サンクアロー王国に入ればもう安心です。護衛がいなくとも問題ありません。さあ、検問を済ませましょう」
シリルに促されて三人はいつもの通り、他の旅人が並んでいる正門ではなくヒーラー専用の小さな入り口へ向かった。
検問方法は今までと同じだが、違うのはさやが闇祓いを披露した後にシリルがガーディアンの証である銀の指環を見せたことだった。
兵は指環の文様を確かめるとシリルに言った。
「仮登録のガーディアン殿ですね。有効期限を確認させて下さい」
シリルが有効期限証を見せると兵はシリルに敬礼した。
更にヒルダの生体認証を済ませれば検問は終わりだ。
「アリアにお越しいただきまことにありがとうございます。どうぞごゆるりとご滞在下さい」
いつもの挨拶に送られてさや達は門を通り、王都へ入った。
門を出た所はかなり大きな広場になっており、御者付きの貸馬車や乗合馬車が何台も待機していた。運賃を払えば行きたい場所へ連れて行ってくれるようで、多くの旅人が群がっている。
シリルは貸馬車を頼んだ。皆が乗り込むと、シリルは御者に王都の中心部へ行くよう指示した。
「まずは適当な宿に泊まりましょう。本登録申請が済んだら改めて落ち着き先を探すとして、とりあえずは私が調査員時代に利用したホテルでよろしいですか?」
シリルの言葉にヒルダは驚いた顔をした。
「このまま協会支部に行かないんですかい? 宿だって、あたしは支部に泊まるとばっかり思ってましたけど」
「仮登録の有効期限までまだ二日あります。本登録ではサヤさんのランクが決められるので仮登録より踏み込んだ能力測定が行われますし、出来るだけ休息して体調を整えてから出向いた方が良いのですよ。私も申請後はガーディアンとして細々とした手続きをしたり研修を受けなければならないので、今のうちに休んでおきたいんです」
「……そりゃあシリルさんが休みたいというお気持ちは分かりますけど、それにしたって支部に泊った方が、動く手間も省けて楽なんじゃないですかい?」
ヒルダ宿には出来れば泊りたくないようだ。
何しろドラド王国でならず者に襲撃までされたのだ。さやの正式な登録が済むまでは安全な支部で過ごしたいのだろう。
しかしシリルは宿に泊まった方が良いのだと強調した。
「私たちは登録の申請が通ってサヤさんのランクが決まるまでは、しばらくこのアリアに滞在することになります。なら支部の宿泊施設を利用するよりも街中の宿に泊まった方が、何かと融通も利きますから。サヤさんもヒルダさんも、気を遣わなくて楽ですよ」
今までの事を考えればあまりにも悠長なシリルに、さやも言わずにはおれなかった。
「融通が利くって、そんな呑気な事やってて大丈夫なの? ドラドみたいにまたどこかの権力者にちょっかい出されたら——」
「そもそもドラド王国で内務大臣がしでかした妨害が異常なのです。本来であれば仮登録が済んだ時点で各国は手を引くものなのですよ」
「だけど、その異常な事を内務大臣はしたじゃない。ならこの国だって、そんな真似をしないとも限らないんじゃないの?」
さやがどうしても不安を消せないでいると、シリルがキッパリ言った。
「サンクアロー王国なら大丈夫です」
「大丈夫?」
さやが眉を上げるとシリルはうなずいた。
「この国、特に王都アリアは今特殊な状況にあります。アリアの者がサヤさんに手を出す事は絶対に考えられません」
シリルのあまりにも確信に満ちた口調にヒルダとサヤは顔を見合わせた。
馬車が動き出す。
広場を抜け通りに入ったところで、さやはシリルに尋ねた。
「ねえシリル、どうしてアリアはあたしに手を出さないって言い切れるの? 〝特殊な状況〟って、何?」
「私の立場では、色々入ってくる情報があるのですよ」
疑問だらけのさやにシリルはこう答えただけで、それ以上は何も言わなかった。
翌日さやとシリルはヒルダを宿に残し、ヒーラー協会サンクアロー王国支部へ出向いた。
支部は繁華街からさほど離れていない好立地なのに、その敷地は広大だった。
堂々たる風格の本館以外に常駐している協会直属の軍の兵舎に兵錬場、職員宿舎、迎賓館などに加えて協会が運営している物流事業の支社まである。
想像以上の威勢に驚くさやにシリルが説明した。
「現在国家間を組織的な規模で行き来するのが可能なのは、ハンターギルドを除けばヒーラー協会のみです。その特性を生かして協会は世界の物流の大部分を、つまり世界の大動脈を支配している。率直に申し上げればこの国の王室よりも支部の方が力を持っています」
さやが本登録する事はシリルが既に連絡していたらしく、すぐに支部長が直々に出迎えた。
歳は五十くらいか、小柄で穏やかな風貌の男性だ。
「五年ぶりの新たな、しかも核を祓えるヒーラー殿をこの支部にお迎え出来るとはまことに光栄です。慎んで登録の手続きをさせて頂きます」
次の更新は明日20時頃の予定です。
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