道の先へ
クルーガー伯爵は跪いてさやの手を取ると、額に押し当てて切々と訴えた。
「美しき救いの女神よ。私を置いて行くなどと惨い事を言わないでおくれ。どうか生涯かけてあなたに感謝の言葉を述べさせて欲しい」
伯爵がそう言うと、さやの両隣に陣取る例のコンビも言い立てた。
「ずるいですわ、叔父様。私もサヤ様のお手に触れたい」
「サヤ様、どうかここを離れるなどとむごい事をおっしゃらず、いつまでも僕の傍にいておくれ」
既に馬車に乗り込んでいるヒルダは目の前で繰り広げられる愁嘆場、ではなく茶番劇を半目で眺めていた。シリルは取り敢えず静観しているものの、度が過ぎたりさやが本気で嫌がるようなら止めに入るというスタンスだ。
さやは—— どのへんで彼らを振り切るか思案中だ。
強引に拒絶するような真似はあまりしたくないので。
とはいえいい加減うんざりしてきたのできっぱり別れの言葉を言おうとさやが腹を決めると、不意に伯爵がさやの手を放して立ち上がり、真面目な顔で言った。
「サヤ殿、あなたが私にもたらしてくれた光、私は生涯忘れぬよ。あなたに胸の内を明かして—— 本当に良かった」
さやは目を見開いた。今伯爵が見せている顔は、詐欺師の仮面ではなかったから。
だがすぐに伯爵は再び詐欺師の笑顔を見せる。
それを見てさやは潮時だと悟った。
伯爵達から離れて馬車に乗るさやに三人は名残惜し気にしながらも、それ以上引き止めはしない。
最後の茶番劇は心置きなくこの地を離れてくれという伯爵のひねくれたメッセージなのだろう、とさやは感じていた。
何より伯爵が素顔での謝意を見せてくれたのだ。さやはそれで満足だ。
「お元気で! 叔父様の闇を祓って下さった御恩、私達は決して忘れませんわ」
動き出す馬車にシャーロットが叫びながら手を振った。アーサーも深々と頭を下げている。
さやは笑って三人に一礼した。
遠ざかるさや一行の馬車を眺めながらシャーロットがため息をついて「残念だわ。凛々しくて可愛くて、本当に好みだったのに」と言ったのも、その横でアーサーが「ホントだよ。こんな形の出会いでさえなければ、ちゃんと真面目に口説いたのに……」と口惜しそうに言ったのも、もちろんさやが知ることは無かった。
屋敷が見えなくなると、さやは思い切り伸びをした。
「あー、ホッとした。もう色仕掛けはコリゴリだよ」
ぼやくさやにヒルダは苦笑した。
「サヤはそういう誘いは楽しめないようだね」
「まあ、あれだけ露骨にやられたらむしろ笑って済ませられるけどさ。もっと巧妙に仕掛けられたらと思うと気が滅入るよ。相手のそういうアプローチが全部あたしの能力目当てかって思わなきゃならないんだって考えるとさ……」
さやが大きなため息をつくと、シリルが真面目な顔で反論した。
「サヤさん、この間も申し上げましたが、あなたは充分——」
「いいよ、シリル。顔の事は言わないでよ」
「いえ、顔ではなく……」
「ま、しばらくは闇祓いにかかりきりになるだろうし、そういう話はいいや」
そう言って話を切り上げると、さやは馬車が進む道を見やった。
「——やっとサンクアローに行けるね」
その言葉にシリルも感慨深そうな顔でうなずく。
サンクアロー王国には、さやが選び進んで行く道がある。
その道を進めば、今回は通りすぎるしか無かったバリケードで閉ざされた道の先にも、行く日が訪れるだろう。
その日を迎える為に共に歩くと決めた者と、さやは笑い合った。
以上で第2章終わりです。ここまで読んで頂いてありがとうございます。
次回から第3章の始まりです。紆余曲折ありましたが、さやも遂に協会に登録します。果たしてサンクアロー王国では何が待ち構えているか、お楽しみに!
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