専属料理人
さやとシリルがクルーガー伯爵の屋敷に戻ると、屋敷にいる執事と召使が総出でさや達を出迎えた。
執事は深々と頭を下げるとさやに向かってお礼を述べたてた。
「我が主は大変な喜びようで、どれ程感謝してもし足りぬと申されております。まずは心ばかりですが宴を設けさせて頂きました。我等一同、心を尽くしてサヤ様をおもてなし致す所存でございます」
執事がそう言うと女中らがさやに歩み寄り、さやを丁重に浴室へ連れて行った。
六人の女中に身体と髪を丁寧に洗われ、もみほぐされ、恐らく途方も無く高価なのだろう香油を全身にすり込まれる。
しかし用意された服は絹ではあるが、この間のカクテルドレスとは違い簡素なワンピースだった。
(晩餐会に招かれるんじゃないのか)
さやが訝しく思っていると、着替えが済んださやが連れて行かれたのは自分が寝泊まりしている客室だった。客室の居間に宴会の用意がされていたのだ。
さやが来ると、ヒルダの合図で料理が次々に運ばれてきた。
驚くさやにヒルダが笑いながら言った。
「お屋敷の調理場にある食材と器具は何でも使って構わないし、必要な食材がっあたらどんな物でも取り寄せると言ってくれるから、思い切りやらせて貰ったよ。みんなあんたの好みに合わせた料理だからね」
「ホント⁉ やった! ヒルダの料理だ! しかも魚料理まで!」
歓声を上げるさやに、伯爵の執事がにこやかに言った。
「堅苦しいパーティーではかえってサヤ様も気疲れされるだけだろうと主がお考えになりまして。どうぞこちらで心行くまで気兼ねなくお過ごし下さい。主は明日改めてお礼に伺うとのことです」
食前酒をグラスに注いだ執事が部屋を出て行くと、ヒルダが何とも言えない顔をして言った。
「そりゃ気兼ねなく身内だけでってのは気遣いなんだろうけどさ。それにしたって難しい闇祓いをこなしたんだろう? 伯爵様もちょっとだけでも顔を出してお礼の挨拶とかなさってもいいだろうに。お貴族様ってのは、そういうものなのかねえ」
ヒルダのぼやきにさやはちょっと笑っただけで、何も言わなかった。
伯爵が来ない理由を説明するだけでも、伯爵が十年間誰にも知られぬよう詐欺師の仮面の下に隠していた事情に触れてしまうと思ったからだ。
今伯爵は十年ぶりに再会した友人達と語らいをしているのだ。
やむを得なかったとはいえ、本来深い信頼関係を築かなければ言わないだろう繊細な自分の事情を暴いたさやの顔など見たくはないだろう。
複雑な表情のさやにシリルはニッコリ笑って言った。
「明日になれば伯爵は跪いてサヤさんに感謝するでしょう。あなたは負うべき責任をちゃんと果たした。大威張りで誇って良いですよ」
シリルの冗談めかした言葉にさやも笑った。
「そうか。うん、ならいいや」
笑い合っているさやとシリルを見比べているヒルダも、やがて口元がほころんだ。
「——そうか、良かった」
「何が?」
怪訝な顔をするさやにヒルダは笑いながら言った。
「なに、どうなる事かと思ってたのが上手くいって良かったって思ったのさ。大変だったんだろう? 今回の闇祓いは」
「まあね。依頼内容は話せないけど」
「そうかい、本当にご苦労さんだったね。それじゃサヤ、シリルさん、初仕事達成おめでとう!」
ヒルダがそう言って食前酒のグラスを持ち上げると二人も応じて乾杯し、それを合図に皆は料理に手を付けた。
料理はコース料理ではなく、大皿料理を幾つも並べて好きに取り分けるようになっていた。
冷たい料理は氷で、温かい料理は魔道具で保温され、時間が経っても美味しく食べられるよう工夫されている。
さやはこの世界に来て初めての魚料理を取り分けると口いっぱいに頬張り、相好を崩した。
「あー、やっぱりヒルダの料理は美味しいや。魚料理も上手なんだね、ヒルダは」
「そうかい、そりゃ良かった。魚料理はあたしも前に数回やった事があるだけだったから、上手く出来るか不安だったんだよ」
シリルも魚料理を口に運んで言った。
「実に美味しいです。私は魚料理はあまり好きでは無いのですが、これなら喜んで食べます」
シリルはナイフとフォークを置くと、真剣な顔でヒルダに言った。
「ヒルダさん、これまで行動を共にして、あなたの料理の腕前はよく分かりました。それに、あなたならサヤさんの好みも心得ているでしょう。そこでお願いがあります。ヒルダさんさえ差し支えなければ、あなたをサヤさんの専属料理人として正式に雇いたいのですが、いかがでしょうか?」
「え……!」
ヒルダが大きく目を見開き絶句した。サヤはもちろん大喜びだ。
「本当? そうなるなら嬉しい! ヒルダが料理人になってくれるなら言う事無いよ」
ヒルダはしばらく黙っていたが、少しして喘ぐように言った。
「専属、料理人ですか」
「ええ、サンクアロー王国の協会支部でサヤさんを本登録する際に、同行者としてヒルダさんをその身分で登録したいのです。給金などの詳しい条件はその時に詰めることになりますが、出来るだけヒルダさんが満足のいくように図らいます。承知して頂けますか?」
ヒルダはしばらく呆然としていたが、やがてその顔の表情は戸惑いから喜びに変わった。
「——そうか、あたし、料理人なんだ」
そう呟くと、ヒルダは笑顔でシリルに答えた。
「サヤさえ良ければ、ぜひお願いします」
「ホント? やった!」
喜ぶさやにヒルダは大仰に頭を下げて言った。
「サヤヒーラー殿、よろしくお願いします」
さやも笑って応じる。
「こちらこそよろしくお願いします、ヒルダ料理人。それじゃシリル、ヒルダの就任祝いも兼ねてもう一度乾杯しよう」
「分かりました。では、これを開けましょうか」
シリルはそう言うと、ワインクーラーで冷やしてある伯爵家秘蔵のワインを取り上げる。さやとヒルダは歓声を上げた。
次回で第2章最終話です。
明日も20時頃更新の予定です。
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