本当の契約
さやが埃だらけの階段を降りて来ると、待機していたシリルが懐中時計を見て言った。
「三時間。余裕で時間内です。無事全ての魂を解放出来たようで、何よりでした」
さやはシリルの所まで降りると階段に座り込んだ。外に出ようとしていたシリルはそれを見て引き返し、さやの隣に腰を下ろす。
「何か、お話でも?」
さやはうなずくと言った。
「これから落ち着くまでは、こうして誰も聞いている心配が無い処で二人だけで話す機会なんてなかなか無いだろうからね。シリル、あなたの叔父さんの話を聞いてからあたしは色々考えてた」
「…………」
さやは思っていた。恐らくシリルは自分が言い立てる記憶喪失が嘘だと見抜いているのだろうと。
敏感な男だ。気付かぬ訳が無い。
しかし今のさやはその事が全くといって良い程気にならなかった。
だってさやが素性を隠している事も含めて、シリルはさやの意思を尊重してくれていると思えるから。
さやが打ち明ければ、シリルはガーディアンの自分をそこまで信頼してくれるのかと間違いなく喜ぶだろう。
もちろんさやはまだとてもじゃないが、打ち明ける気にまではなれない。
それでもさやは思うのだ。シリルなら、いつか自分の考えを告げても大丈夫だと。
「あなたの言った通りなら、あたしはその叔父さんがエルフの血を人間の世界に引き入れるためにエルフの間に作った娘かもしれないんだよね? つまりこの世界を助けるために、あたしは生まれた」
そうした目的を持ってエルフの国へやって来たあの男とヨルンの母であるエルフの王女がどんな関係だったのかなんて、さやにはもちろん分からない。
分かっている事はヨルンの母がそうして生まれたヨルンを何としても人間の世界へ送り込もうとしていた事、そしてヨルンがそんな母の命令を果たそうと最後の最後まで、それこそ死ぬ寸前まで足掻いていた事だ。
さやはそんなヨルンに、あなたの役目は自分が果たすと約束した。
そして何よりこの世界に来て、さやも様々な事を見聞きした。
「シリル、あたしはまだこの世界についてほんの僅かしか知らない。なのにもう嫌という程思い知らされているよ。この世界がどれだけ闇に脅かされ、その闇を祓ってくれる者をどれだけ乞い求めているか。なのに闇を祓う者は圧倒的に足りていない」
「…………」
「今回だってあたしが解放出来た核は五個だけ。この街へ行く途中で見かけた完全封鎖地域は、手つかずだ」
さやは隣のシリルを見つめると、渾身の思いを込めて語った。
「あたしは、そんな場所を出来るだけ無くしたい。伯爵みたいに、大事に想っていた人をもう消すしか無いとまで思いつめるような人は、一人でもなくしたい。シリル、あなたは初めてあたしと会った日に言ったよね。ヒーラーの能力を最大限発揮する為には、どんな助力でもすると。ガーディアンとして、あたしに力を貸してくれる?」
ガーディアンとして、自分に力を貸してくれ。
サヤがそう言った時、シリルは心から思う事が出来た。
ああ、自分のヒーラーが遂に現れたのだと。
シリルにガーディアンの心得を説いたあの先輩は言っていた。
ヒーラーとはガーディアンにとって、自分の想いをその闇祓いに載せて目指す場所へ連れて行ってくれる者なのだと。
サヤは今言ってくれたのだ。
自分の闇祓いにシリルの助力―― 心底からの願いを込めた助力を添えて、願いの先にある光を目指すと。
これが自分のヒーラー。
シリルの内に感動がうねりの様に沸き起こった。
だが口から出た言葉は、自分でも驚く程静かなものだった。
「もちろんです。ヒーラー殿の意思を補佐するのが私の役目ですから」
「ハハ、最初の時もそう言ったね」
サヤは笑った。
「分かった、あなたを信じる。これからもよろしくね、シリル」
これが、恐らくサヤとシリルがヒーラーとガーディアンの契約を本当に結んだ瞬間だった。
互いがどちらも遥か彼方にあるだろう光を目指しているのだと認め、そこまで共に歩く事を決めたのだ。
とはいえ強い信頼を結べるかどうかは未知数。
何しろ二人とも相手に隠し事がかなりある状況だ。
二人の関係がどう転ぶか、それもこれから二人が共に光に向かって歩いて行かねば分からぬ事だった。
明日も20時頃更新の予定です。
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