さやの能力で
四つの核から噴き出た闇を、さやはモップを振り回して祓った。
祓い切れなかった闇は窓に憑りつき外の光を覆い隠そうとする。祓った床の闇も、徐々に戻りつつあった。
さやはシリルが言っていた事を思い出した。
〝核は闇に馴染むものなのです。下手に闇だけ祓おうとすると核は怒り、闇を増殖させます。シナ村で教会の闇が増殖したのは高能力のヒーラーの核があったからですが、教会以外の闇をあなたがほとんど祓ってしまったのも増殖の一因でしょう。教会の核は村全体の闇に馴染んでいたのだと思われます。核持ちの闇を祓うには、必ず内包される核も祓わなければならないのです〟
さやは襲い掛かる闇を祓いながら、心の中で核達の来歴を思い浮かべた。
ヘンリー・マーシュ
男爵家子息。当時二十一歳。快活で行動的。仲間が集まって何か計画する場合、彼が発案する事が多かった。
コンラート
平民のため姓は無し。二十二歳。実業家の子息。知的好奇心旺盛で、突飛な事もためらわずにやる。
マイケル・サイフォン
二十一歳。子爵家子息。人懐っこく、仲間以外にも友人は多かった。
エルマー
二十二歳。地主の息子。平民のため姓は無し。物静かで控えめな性格。仲間以外に友人はいなかった模様。
サイラス・キンブリー
二十三歳。王立大学教授であるキンブリー子爵の子息。病気療養の為、一年遅れて大学に入学している。研究熱心で、大学に残って研究を続ける事を希望していた。
さやが五人の人生に思いをはせる中、闇を片端から祓うさやに業を煮やしたのか、遂に核本体がソファーから動き出そうとした。
だが絡みつく闇に阻まれて出来ない様子だ。
さやは四つの核を見やった。
それぞれが誰の魂かまではさやにも分からない。それでもさやは核に、魂に語り掛けた。
(これから将来の夢に向かって進もうという時にこんな所に閉じ込められて、さぞ無念だったでしょう。今あなた達を解放します。ご家族もご友人も、あなた達に再会出来るのを切望していますよ)
そう語るさやの心に荒んだ伯爵の姿が思い浮んだ。
自分の親友達の魂を除去するしか無いと思い定め、その罪悪感や悲しみ、悔しさを詐欺師の笑みで隠してきた人。
さやは会っていないが、恐らく他の縁者達も同様の苦しみを抱えているだろう。
さやは更に心を駆り立てた。
たった五つの核ですらそれだけの苦しみや絶望を生む。その絶望を失くすため、自分は世界に潜む核を一つでも多く解き放ってやりたい。
その為にはもっと己の能力を引き出さなければ。こんな所で手をこまねいている場合では無い!
さやの心に何としても核を解放するという強い意志が生まれた。
その心のままに、さやは全身全霊かけてペンダントに願った。
(お願い、あたしに力を貸して!)
その途端、ペンダントの石がボウッと光った。同時に教会の時と同様に、さやの心にさやのものでは無い感情が満ちていく。
感情は教会の時ほど強い勢いは無かったが、今度は受け入れるさやが抵抗しなかった。
他者の感情に心を乗っ取られる嫌悪感を歯を食いしばって耐え、心を慈悲に明け渡した。
やがて微笑むさやはさやでは無かった。
〝さや〟は荒ぶる核に手をかざすと核に優しく、しかし静かな威厳をもって語り掛けた。
「落ち着きなさい。あなた達の望みは本当に、ここに留まる事ですか?」
さやが話しかけた途端、核の襲撃が怯んだように止まる。
「分かるでしょう? 私ならあなた達を本当に行きたい場所へ行かせる事が出来る」
〝さや〟は紡ぐ言葉にさやの内に眠っていた能力を引き出し絡めていた。
その能力を感じた核が動きを完全に止めた所で〝さや〟は核が潜む闇の塊を優しく撫でた。途端に闇はサラサラと金粉になって溶けていく。
核を縛り付けていた闇も消え、塊から光の玉が現われると、〝さや〟は別の塊にも手をかざして闇を祓っていった。
そして塊全てが魂に変わると同時に居間の闇は波が引く様に消え、明るい、埃だらけの部屋になった。
その途端、さやは己に立ち戻った。もうあの、自分のものとは思えない感情は心の何処にも無い。
さやは焦った。まだ核は一つ残っているのだ。
さやは奥の扉を見た。
仲間の核を奪われた怒りで増殖する様子は無いが、禍々しい気配は相変わらず感じられる。
しかしどれだけ願っても、ペンダントの心が戻る気配は無かった。
つまり、さや自身で残った核を何とかしなければならないという事だ。
サヤは伯爵の事を思った。
彼は自分の友人を一人でも解放出来なければ、決して喜ばないだろう。
さやは自分に核を解放出来るだろうか思案した。
さや自身が核を解放した事は無い。
ただ、さやを乗っ取るあの感情がどうやってさやの内に秘められた能力を引き出し核の解放に用いるかは、自分の心で嫌というほど感じてはいる。
それを思い出す事なら出来そうだ。
(自分でやるしかない)
さやは覚悟を決めた。
この時さやは伯爵が半ばやけ気味に自分に核への伝言を押し付けた事を思い出した。
もしかしたら、核の解放に役立つかも知れない。
さやはまず、残る核の情報を出来るだけ集めることにした。
四つの魂はまだこの部屋を去らずに残っていた。
この魂達はまだ前世の心である筈だ。ならば言葉を交わせるかも知れない。
ヨルンの母親だって、魂となったヨルンの父親と言葉を交わしていたではないか。
さやは魂に語り掛けた。
「私はクルーガー伯爵…… サミュエル・クルーガーからあなた達の一人への伝言を預かっています。教えて下さい。あなた達の中に、エルマーという人はいますか?」
エルマーの名を聞いた途端、魂達は激しく動いた。
やがてさやの心に魂の声が聞こえてきた。
〝——早く逢いたい〟
〝最後に六人で〟
〝エルマーも、一緒に〟
四つの魂は奥の扉に近づくと、〝中〟に語り掛けた。
〝エルマー、早く戻って来い〟
さやはゴクリと唾を呑んだ。
ドンピシャだ。残った核はエルマー。
なら自分には解放に役立つ手駒がある。何とかなるかもしれない。
さやは懐中時計を見た。大体あと三時間残っている。その三時間で何としても核一つを解放するのだ。
さやは己に気合を入れるとモップを構え、闇の気配が漂う扉を開けた。
明日も20時頃更新の予定です。
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