クルーガー伯爵の思い
クルーガー伯爵はもう何杯目になるか分からないブランデーをグラスに満たした。目の前の壁にこびり付いた闇を眺めながら。
サヤに〝核との思い出〟を話したせいで、ここ数年は封印し続けていたかつての彼らとの日々を思い浮かべてしまうのだ。
あの五人とは王立大学で知り合った。
何時知り合ったかなんて、憶えちゃいない。気が付いたら六人でいた。
それぐらい、共にいるのが自然な仲間だった。
時にははしゃぎ、馬鹿をやり、そして互いが研究しているテーマや思う事等について夜通し議論を交わした。あれ程楽しい充実した日々を、伯爵は他に持っていない。
その日々が突然奪われた。
本来なら自分も参加するはずだった。
卒業前の休暇を利用した、メンバー全員の行動制限がギリギリ許す旅行。
大学を卒業すればお互いに負うべき立場がある。今後は皆で集まるのも難しくなるだろう。
最後に作る思い出のつもりで、皆で思いつく限り最高の旅行計画を立てた。旅行場所はもちろん、誰の行動制限にも抵触しない地を選んだ。
だが伯爵は急な家の都合で参加出来なくなった。
ガッカリして本邸の自室に籠ってふてくされていたら、部屋の壁にいきなり闇が現われた。そしてそこから彼らの呪いの言葉が聞こえてきたのだ。
その後間もなく旅行先の街で彼らが闇に吞まれた事を、伯爵は聞かされた。
以来壁の闇とそこから聞こえてくる呪いの言葉は、伯爵に付きまとい続けている。
最初の数年は伯爵も、彼らを何とかして救おうと手を尽くした。
それがほぼ不可能だと分かると、次の数年は変わり果てた友を救えぬ絶望にまみれた。
そして〝あのヒーラー〟に出会った現在は、何とかしてあいつらを〝始末〟してくれるヒーラーを、血眼になって探していたのだ。
伯爵はブランデーを一気にあおった。
今日は闇から何も聞こえない。
だが今頃はあのヒーラーが、あいつらがいる場所を祓いに向かっている筈だ。
闇祓いの最中は核が普段よりも騒ぐ可能性があると、あのヒーラーのガーディアンは言っていた。
あいつらはどれだけ澱んだ憎しみを自分にぶつけて来るだろうか。
伯爵はガーディアンが言っていた事を思い出して自分をなだめすかした。
〝必ず核を解放出来るという保証はありません。しかしサヤさんは何とかして核を解放させるために、あえてあなたが封じ込めていた思い出をあなたから聞き出しました。その情報、そしてその思い出を抱えるあなたの葛藤を自分の目で確かめ感じ取る事が、どうしても必要だったからです。私があなたに事情を話して願えば生々しい感情が分からないからと、わざと何の予告も無しに、いきなりあなたに情報を要求した。そして伯爵はその要求に応えました。ご自分の心を引き裂かれることが分かっていても。あなたはあなたが愛する者のために、出来得る限りの犠牲を払われたのです〟
(あのヒーラーには理不尽な怒りをぶつけてしまった)
酔いで少しぼんやりしながら伯爵は思った。
あのヒーラーには何の咎も無いのに、あの時はどうしても憤りを抑えられなかったのだ。
おまけに闇祓いで手一杯だろう彼女に核への言付けまで自分は頼んだ。
核を解放出来ると豪語するなら核に伝言ぐらい出来るだろうと言い放って。
ずい分酷い態度を取ったと今なら分かる。
しかし罪悪感までは抱けなかった。今の伯爵は、あまりにも身構えねばならない事が多過ぎるから。
自分が敬愛していた美点の全てを失い、変わり果てた心になったかつての友が呟く呪いの言葉。
そんな彼らを解放出来るかも知れないという希望。
そうした希望が潰えた時に訪れるだろう絶望。
それら全てに伯爵は身構えながら、またグラスにブランデーを注いだ。
明日も20時頃更新の予定です。
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