肌身で感じとる
サヤが晩餐会に招かれている間、シリルは客用の食堂でヒルダと夕食を取っていた。晩餐会のごちそうには及ばないものの、料理長が腕によりをかけてこしらえた料理が並べられている。
しかしヒルダはあまり食が進んでいなかった。さやが案じられてならないようだ。
「——本当に一人で行かせて良かったんですか? クルーガー伯爵に厄介な約束でもさせられてなければ良いけどねえ。シリルさんもついて行った方が良かったんじゃ——」
「晩餐会に行く前に何に気を付けるべきか、どんな言質を与えたらまずいのかについてはきちんとお教えしました。あの方ならそれで大丈夫でしょう。それに、何かあれば私に相談すると仰っていましたので」
シリルの言葉にヒルダは目を丸くした。
「あの子がシリルさんに相談するって言ったんですか?」
「ええ」
シリルが頷くと、ヒルダの目が和らぎ、口元が綻んだ。
「——そうですか、そりゃあ何よりだ。そうですね、サヤのガーディアン殿がそうおっしゃるのなら、心配要りませんね」
ヒルダはそう言うと、それからは安心した様に御馳走をパクつきだした。
「へえ、面白い香辛料を使ってるねえ。うん、さすがは伯爵様の料理人だ。良い腕してるよ」
肉料理の味を吟味しては感心するヒルダに、シリルは微笑みながら呟いた。
「ヒルダさんは良い方ですね」
「ん?」
「いえ、ヒルダさんの料理の方が美味しいですよ」
「よして下さいな、おだてたって何も出やしませんよ」
ヒルダは笑った。数日前には思いもしなかった穏やかな空気が、その場には流れていた。
シリルはヒルダと笑い合いながら、サヤが晩餐会に出向くかどうかでもめた時に交わした言葉を思い出していた。
何故伯爵の人となりを知りたいのかと尋ねるシリルに、サヤは思い定めた口調で言った。
「シリル、クルーガー伯爵は魂…… 核を除去して構わないと言ってるけど、出来れば解放させた方が良いんだよね?」
「……無論です。闇を通じて呪いを浴びせる核は、本来その人の愛する者だったのですから」
「だったらあたしは今回も核を解放させたいよ。シナ村であれだけの数の核を解放出来たんだから、五つの核だったら大丈夫だと思うんだ。あたしが伯爵の人となりをしっかり把握すればきっと……」
「サヤさん、今回はシナ村とは大きく事情が異なります」
「事情?」
怪訝な顔をするサヤにシリルは説明した。
「シナ村の闇払いにおけるあなたの意欲は非常に強力なものでした。あなたは村人のヒルダさんに救われた上に、三か月以上村で暮らした。その間にヒルダさんは勿論、親しく交流した村人も多かったでしょう」
「…………」
「あなたの闇払いはそんな彼らを救うためになされたものでした。私があの時あなたの闇払いに賛同したのも、あなたの意気が並外れたものだったからです。対して今回祓う闇は、ハッキリ言ってあなたとは何の関わりもありません。そしてあなたは完全封鎖の闇払いを一度行っただけです。確かに祓う核の数は少ないですが、掛けられる時間は移動時間も含めて一日です。それだけの短期間で意欲も経験も足りない状況では、解放させるのは難しいかと」
シリルの意見にサヤはうなずいた。
「——うん、そうなんだよね。あなたの言う通りあの時は、闇に憑かれた人だけじゃなくて核にもある程度思い入れがあったから祓えたと思う」
しかしサヤはそこで反論した。
「でも今回は二度目だから、そこまで依頼人と心を通わせなくても依頼人と核の関係をあたしが肌身のレベルで理解していれば、解放出来る可能性はあると思うんだ。だから」
サヤは決然とした面持ちで言った。
「知りたい…… いや、感じ取りたいんだ。伯爵がどういう方で、核とはどういう〝繋がりや交流〟があったのか。出来れば核になる前の人達に伯爵がどんな思いを抱いていたのかも知りたいよ。核を消すんじゃなくて、解放するために。だから晩餐会では伯爵に色々突っ込んで聞きたいと思ってる。あなたが調べてくれたことで核と伯爵がどういう関係だったかは大体つかめるけど、やっぱり実際の感情は本人に聞かないと分からないから」
それを聞いたシリルは止めたのだ。その人間がひた隠しにしているだろう感情を暴き出すような損な役回りを、ヒーラー本人がする必要は無い。ガーディアンに任せれば良いのだと。
「伯爵と核との関係がどういうものかお知りになりたいというのなら、私が伯爵に聞きます。サヤさんがそんな事をなさる必要はありません」
だがサヤは承知しなかった。
「人伝に聞いただけじゃ伯爵の心も、伯爵の核への想いもちゃんとはつかめないと思うんだ。その程度の理解で核を解放出来る程の自信は、あたしにはまだ無いよ。だからあたしが直接伯爵の反応を確かめたい」
「——ならば改めて私同伴での伯爵との面会の場を設けます。私が伯爵に尋ねる横でサヤさんが聞いていれば——」
サヤは苦笑して首を振った。
「そんな卑怯な真似、伯爵に失礼だよ。それに伯爵だって、知られる人間は少ない方がいいに決まってる」
そうしてサヤは一人でクルーガー伯爵の下へ行った。自分の心で伯爵の〝人となり〟を確かめる為に。
シリルはもう止めなかった。サヤの固い意思を感じたから。
シリルは晩餐会に出席するサヤに対して様々な忠告をした。それでもサヤが伯爵にやろうとしている行為でサヤが抱くであろう罪悪感までは、どうする事も出来ない。
それはサヤが負うべきものだから。
明日は20時頃更新の予定です。
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