晩餐会のもてなし
伯爵はさやの要望を受け入れると称し、さやを晩餐会に招いてきた。
ただしシリルとヒルダは招待されていない。
「私の人となりを知りたいのならば、他人を交えない方がより深く理解出来るだろう」という理由をつけてきた。
ガーディアン抜きでの招きにシリルは難色を示したが、さやはせっかくの機会だからと応じることにした。
「シリルだってちゃんと取引したんでしょう? 伯爵だってそれを反故にするような真似はしないよ。大丈夫だって」
そう言ってさやは晩餐会に出向いたのだが、席についてすぐ後悔した。
伯爵のもてなしは至れり尽くせりだった。晩餐会と言っても肩ひじ張らないよう略式に留め、サヤがあまり気を遣わないで済むよう配慮している。
一方で料理とワインは贅を尽くしていた。急に準備しただろうに、よく用意出来ものだと驚くほどだ。
用意といえば、さやが着ているカクテルドレスも晩餐会用にと伯爵が贈ったものだった。流石に仕立てはしなかったが出入り商人が持参した出来合いの服の中から選んだものを、さやの体型に合わせて調節したドレスだ。
淡いアイボリー色のサテン地に白いオーガンジーを被せたプリンセスラインのドレスは、素人目にも明らかに上質と分かるものだった。
男性にドレスを贈られるのはどうかとさやも思った。しかし略式とはいえ晩餐会に普段着のワンピースで出るのもためらわれ、やむを得ず拝借した。
まあ今回の闇祓いに必要な〝作業着〟だと開き直る事にしたのだ。
ただし合わせる宝石の方は流石に辞退した。それでヨルンの母親から貰った、例のペンダントを身に着けている。
濃い緑の石は薄い色のドレスに案外合っていた。
そこまではいいのだ。
問題は伯爵と向かい合わせに座ったさやの両隣に、男女がべったり引っ付いていることだった。伯爵の甥と姪であるアーサーとシャーロットだ。
アーサーはシルバーブロンドの髪を肩に流した二十歳くらいの美青年で、シャーロットは真っ赤な髪の、これも二十歳過ぎかと思われる妖艶な美女だ。
さやの右側に座るアーサーが、いかにも耐えかねるといった口調でさやに訴える。
「ああ、何と美しい瞳だろう。最上のサファイアすら足元にも及ばぬ。サヤ様、あなたのその瞳にこれからも映して頂ける栄誉をどうか僕に与えて頂けませんか」
すると今度は左側に陣取るシャーロットが口を開く。
「アーサー、いきなりそんな事を言ったらサヤ様だって戸惑われますわ。でも本当にお可愛らしい方ですこと。サヤ様、私あなたがとても好きになりましたわ。よろしかったら女同士、闇払いが終わりましたら夜通し楽しく過ごしません?」
「…………」
色気たっぷりの流し目でさやに秋波を送るシャーロットに、さやは海よりも深いため息をついた。
さやが席に着いた時からずっとこの調子なのだ。お陰でさやは冷や汗をかきっ放しだった。せっかくの御馳走もまるで味が分からない。
〝協会に登録されているヒーラー殿は基本的に金銭や名誉地位にそれほど不足していません。なので短期の契約ならともかく、長期間取り込もうとする場合は色仕掛けで来ることが多いんですよ。勿論恋愛はサヤさんの自由ですが、私としては状況が落ち着くまでそうした誘いに乗る事はお勧めしませんね〟
晩餐会の前にシリルに忠告されて、さやも伯爵が何らかのアプローチはするかもしれないと多少は覚悟していた。
しかしここまであからさまな、しかもご丁寧に男女取り揃えての色恋営業を仕掛けられるとは想定外だ。
何度も苦虫を噛み潰しているさやに、伯爵はしれッと笑った。
「済まないね、二人しか呼べなくて。君に是非逢いたいと願う身内で取り敢えず招くことが可能な者が、この二人しかいなかったのだよ。私としてはもっとよりどりみどりにしたかったのだが」
「……伯爵、私はあなたの御人柄を知る機会を頂きたいと申し上げた筈ですが」
さやが仏頂面で抗議しても、伯爵は涼しい顔だ。
「これが私の人となりだよ。あなたのようなヒーラー殿を恋い慕う身内がいれば、是非とも縁付けたいと思う。出来ればどんな手段でも使いたいが、それはあなたのガーディアン殿が絶対に許さないだろうから、こんな生ぬるい事しか出来ないのが残念だよ」
にこやかな顔で臆面もなくさやを狙っていると言ってのける伯爵に、さやはまたため息をついた。
露悪的で掴みどころのない男。伯爵がさやに見せる姿からは、そんな印象しか伝わってこない。
しかしさやだって空手で来た訳では無い。
さやは顔を上げてキッパリした口調で言った。
「クルーガー伯爵、私は、あなたと二人きりでお話したいのです」
「——なる程。分かった」
さやの言葉に伯爵は目を細めると、アーサーとシャーロットに出て行くよう促した。
二人きりになると伯爵は席を立ってさやの隣に座った。そして艶やかな笑みを浮かべてさやの耳元に囁く。
「失礼した。サヤ殿は大人の恋を御所望だったか。そうだね、あなたのようにしっかりされた女性なら、若輩者では物足りないだろう」
相変わらず浮かべている、詐欺師のような笑み。
こんな状況でもこの男は一度もその仮面を外そうとはしない。睦言の場面になったとしても、この男が被る仮面は少しも崩れないだろう。
だからさやは思った。
ああ、申し訳ないなと。
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