情報開示
全てをぶちまけたシリルは、力なく笑った。
ここまで洗いざらい話せば、サヤの不信感だけは晴れるだろう。だがそれ以外のものは、多分失われる。
サヤは失望しただろう。どう考えても自分は頼りになる男では無い。シリルはうつむいた。
すると、思いもかけぬ言葉が返ってきた。
「そんなに―― 冷静な判断力をすっかり失くすまで、あなたはあたしの事を守ってくれたんだね。ありがとう、シリル」
シリルが顔を上げるとサヤが自分を見ていた。その顔に失望や軽蔑の色は全く無い。
あるのはシリルへの労いと、何故か強い覚悟の表情だ。
だがサヤはすぐにニカッと笑い、茶化す様に言った。
「あー、良かった! シリルがあたしのガーディアンで本当に良かったよ。で、最初の話に戻るんだけど…… 何? 何か言いたい事でも?」
怪訝な顔をするサヤに、シリルは尋ねないではいられなかった。
「本当に私で良かったのですか? 今の話を聞かれて、てっきり失望なさったのだとばかり」
「今の話を聞いて分かるのは、シリルが本当に必死であたしのために動いてくれたって事だよ。多分あなたがガーディアンじゃなければ、あたしは此処にいなかった」
サヤはふっと微笑んだ。
「——些細な代償か。あたしも頑張らないとね。少なくともあなたが払おうとした犠牲に見合うぐらいにはね」
そう言うサヤの顔にはやはり先程あった強い覚悟があり、シリルは驚いた。ヒーラーが自分にそんな顔を見せるのは、初めてだったから。
今までシリルが顔合わせしたヒーラーはシリルがそのヒーラーの為に尽力しても、意外に良い顔をしなかった。むしろ嫌がるのだ。
自分には重過ぎる奉仕だと。
シリルの尽力を受け入れてくれたのは、サヤが初めてだった。
ただサヤがどうしてそんなに思いつめた顔をするのかは、さっぱり分からなかったが。
だってシリルににとっては、当たり前のことをしただけだったから。
「疑問が解けたなら、話を戻すよ」
サヤは真面目な顔になって言った。
「あたしが実はエルフだってことになったら、協会はあたしをどうするの?」
シリルはしばらく考えてから言った。
「そうですね、あの砂漠のような地が結界ではないかとされていること、更にヒーラー殿はエルフの血を引いているらしい、といった伝承が協会には残っております。ただ私が知らされているのはそれぐらいです。エルフ達が現在置かれている状況を協会がどれだけ把握しているかについては、全く分かりません。ですがヒーラー殿と深い関わりがあるとされているエルフについては、協会も強い関心を持っているのは確かだと思います。あなたがエルフの国のご出身だという可能性があるということになれば、やはり何らかの対応をしようとするでしょう」
「……やっぱりそうか」
深刻な顔で考え込むサヤに、シリルはこう進言した。
「ですからあなたが協会へその旨を伝えたいとご希望であれば、私も協会に報告します。ただ私としてはもう少し様子を見て、少なくともあなたご自身がこの世界の状況をしっかり把握されてから協会にその情報を提供するかどうかをお決めになる事をお勧めします」
サヤは口をポカンと開けた。シリルがそんな事を進言するとは思ってもいなかったらしい。
「——お勧めしますって、じゃ、あなたはあたしの事を協会に知らせるつもりは無いの?」
「当然です。ヒーラー殿の個人的な事情について、ヒーラー殿が望まれてもいないのに協会に報告するなど、絶対にしません」
シリルはキッパリ言ったが、サヤはまだ信じかねるように重ねて聞いてきた。
「それじゃ、シリルはエルフの事で協会の意を受けて調べてる、とかじゃ無いんだ」
「エルフについては、私はある個人的な事情で持っている情報があります。その情報に基づいて、あなたがエルフではないかと思っただけです。協会とは関係ありません」
そう言い切るシリルに迷いは欠片も無い。サヤの事情を協会に知らせるなど考えた事も無かったからだ。
サヤはしばらくシリルを見つめていたが、やがてフッと笑った。
「……なる程、〝ヒーラーがガーディアンを信じられなくなったら終わり〟か」
「は?」
サヤの言葉に怪訝な顔をするシリルに、サヤは笑いながら言った。
「分かった。あなたの言う通りにするよ。少なくともどうするかあたしが決めるまで、協会には言わないで」
「分かりました」
シリルは嬉しかった。サヤが初めて重要な決断において、ヒルダの意見を介さずに自分の進言を受け容れてくれた事が。
しかも今のサヤの態度を見ていると、彼女も少しは自分を信頼するようになってくれたらしい。何が功を奏したのかは分からないが。
シリルには分からなかった。
〝何人たりともヒーラー殿の御意思は妨げさせない〟
この信条はシリルにとって自明の、息をするぐらい自然な思いだったから。だからその考えから発露した行動が一発逆転でサヤの疑心暗鬼を払しょくしたなどとは、思いもしなかった。
そこでサヤは思い出したように言った。
「ところでシリル、あたしがエルフかもしれないと考えるきっかけになった、個人的な事情って何? あ、言いたくないなら言わなくても良いけど……」
「構いませんよ。かいつまんでお話ししましょう」
ヒーラー協会において情報の開示は厳しく統制されている。
ただこの情報は協会を通じて得たわけでは無い、シリルが個人的に抱える事情だ。だから伝えても構わないと判断したシリルはサヤに話した。
「私には叔父がいます。といっても、もう十八年以上行方知れずですが」
「行方知れず?」
「ええ。エルフの国を目指して出奔し、そのままです」
サヤが目を見開く。その目を見てシリルは思った。
やはり似ていると。
「私は叔父が遺した日記を読んでいるので、当時の叔父の行動を大体把握しています。叔父はドラド王国のシナ村にある砂漠を越えた処にこそエルフの国があると信じ、砂漠を横断しようと決心していました。そして行方不明になって十八年後、あなたが砂漠で発見された」
シリルは顔を強張らせたサヤに言った。
「まだ幼かった私は叔父の顔を憶えていませんが、実家に残っていた写真はよく覚えています。サヤさん、あなたの顔立ちはその写真の叔父とよく似ています。瞳と髪の色も、同じだ。これが私の事情です。納得して頂けましたか?」
「…………」
明日も20時頃更新の予定です。
面白い、続きが読みたいと思って頂けたらブックマーク、評価等頂けると嬉しいです。




