シリルの事情
シリルがさやに人間かどうか(つまりエルフかどうか)を問いかけた理由は、余りにも斜め上な代物だった。聞いたさやはかなり頭が痛くなっている。
「……つまりあんな事を言った理由は、あたしと親睦を深めたかったから?」
「——はい」
「——何であれで親睦が深まると思ったの? いきなり自分の素性を詮索されて、あたしが警戒するとは思わなかったの…… ちょっとシリル! 分かった! ちゃんとした理由があるんだよね! 最後まで聞くから!」
さやの言葉にたちまちシリルは布団の奥深く潜り込んでしまい、さやが慌ててなだめると再び布団から顔を出して起き上がる。さっきからこの調子なのだ。
まあ少なくともシリルが自身の言動に後悔しまくっている事だけは、さやにも分かったが。
シリルがさやに話した事をざっとまとめると、こうだ。
そもそもさやとシリルにヒルダが同行すると決まってから、いや、さやがヒルダの勧めに従ってシリルをガーディアンに決めた時から、シリルはずっとモヤモヤしていた。
何しろガーディアン候補生時代にシリルは多くの先輩ガーディアンから、彼らが仕えるヒーラーとの付き合いについて様々なエピソード、というか自慢話を聞かされ続けてきたのだ。
どれだけヒーラーが自分を信頼してくれるか、どれだけ頼りにされているか等々を。
とりわけ自分のヒーラーとガーディアン契約を交わした時の話は、どれも華々しかった。
並みいる候補から何故ヒーラーが自分を選んだのか、そしてその後いかにして固い信頼関係を築いていったのか。そうした事を得意満面な顔で、ガーディアン達は研修でガーディアン候補生に話して聞かせた。
シリルはどの話にも感心し、とても羨ましく思ったものだ。
そんな彼らに比べ、シリルのエピソードは余りにもお粗末だった。
さやが自分を選んだのは、他にいなかったから。しかもさやが固く信頼しているヒルダに勧められてのこと。
案の定、その後さやはかなり不満そうだった。
それでも自分がガーディアンの交代を申し出ると、さやははシリルを別のガーディアンに替える意思は無い事を示してくれた。それはシリルも本当に嬉しかった。
これからさやと信頼関係を築いていこうと固く誓ったものだ。
なんだけど。
さやとの初めてになる旅で、シリルはさやのヒルダに対する固い、それは固い信頼を何かある度に見せつけられた。
何しろ自分が何か進言しても、さやはヒルダに相談してから決めることが殆どなのだ。
それにさやとヒルダは同じ女同士でもあり、シリルよりも行動を共にすることが多いのも確かだった。そんなこんなで、シリルはどうしてもモヤッとしていたのだ。
もちろんシリルだって理性では分かっている。
さやの事情を考えればそれもやむを得ない事も、そもそもヒルダが同行してくれたお陰で、さやは自分といる事に不安を感じないでいられることも。
理性でシリルは己に言い聞かせた。さやにはさやの事情がある。それも含めて補佐するのが、ガーディアンである自分の役目なのだと。
要はこの状況で、可能な限りの信頼関係を築けば良いのだ。
そうしてシリルは自分をなだめ納得させた。
本来ならそれで多少のモヤモヤぐらい、問題無く抑えられる筈だったのだ。
……状況があそこまで悪化しなければ。
連日の強行軍と、不審な追跡者に対する警戒による極度の疲労と睡眠不足、緊張がシリルの体力ばかりか自制心や判断力も、どんどん奪っていった。
そうしてあの日が訪れた。シリルの料理の腕前がどんなものか、発覚する日が。
「私は料理が不得手である事をあなたにお知らせするのは、出来るだけ後にしたいと思っていました。可能ならヒーラー殿とガーディアンとして十分信頼関係を構築するまでは、知られたくなかった」
そのためにシリルは出来るだけの事をした。
シナ村からの逃亡中はもちろん、カナン街を発ってからも普通に料理した食べ物が手に入る町や村に寄れない間は、料理する必要の無い携帯食を使ってしのごうとしたのだ。
だが出張所では十分な量の携帯食は確保出来なかった。当然数日経つと食材を料理するしかなくなる。
そこまで聞くと、さすがにさやも疑問が浮かんだ。
シリルがさやに料理下手を知られずに済む、うってつけの方法があったではないか。
「でも、だったらヒルダに——」
さやがそう言いかけるとシリルはベッドに突っ伏し、更に布団を拳で叩いた。
「そうなんです!! 私が意地を張らなければ、それで済んだんです!!」
「——意地?」
あ然とするさやに、シリルは起き上がってうなずいた。
「お恥ずかしい事ですが、あの時は既に私もかなり疲れておりまして、ちょっとした事でも無性に癇に障るようになっていました」
「——そうなんだ。いや、気付かなかったよ。シリルはいつも冷静沈着に見えたから」
「それであの時は、その、サヤさんがヒルダさんの料理がいかに美味しいかを嬉しそうにおっしゃるのを聞いたら無性に腹が立って…… それでつい、私にだって出来ると」
「……いやその、ごめん」
「サヤさんが謝る事ではありません! あの時素直にヒルダさんにお願いすると一言いえば、それで済んだんです! おかげであんな醜態を晒す羽目に…………」
ひた隠しにしていたウイークポイントを、さやにこれ以上無い程あからさまに知られてしまったシリルは焦りまくった。その後ヒルダが作り直したドンドン鳥の料理が絶品だった事も、余計に傷を広げた。
寝不足で冷静さを欠いた頭には、そんな事はあり得ない筈の考えまで浮かんでくる。
そう、いっそヒルダの方がガーディアンに相応しいんじゃないか、なんて。
シナ村に来るまでのシリルがガーディアン候補としてはかなり崖っぷちで、上層部が自分をそろそろガーディアン候補から外そうと考えている事も感じていたシリルは、その考えを笑い飛ばすことが出来なかった。
とりわけ料理下手は、自分がガーディアンに選ばれなかった要因の一つだったから。
で、シリルは苦し紛れに一発逆転の挽回策を思いついた。それが—— あの問いだ。
「——お二人の話を聞いていて、少なくともヒルダさんはあなたの過去について何の手掛かりも掴んでいない事は分かりました。それにあなたが—— いえ、何でもありません」
何かを言いかけてシリルは誤魔化した。今のシリルはもう判断力が戻っている。言わない方が良いと思った事なのだろう。
シリルは話を戻した。
「だから思ったのです ――思ってしまったのです! そうした〝秘密〟を共有すれば、少しはあなたとの距離を縮められるのでは無いか、と」
「…………」
「今ならとんでもない考え違いだと分かります。ですがあの時は、完全にどうかしていました。それが良策だと思ってしまいました。それで」
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