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アラサー女の異世界転生チート清掃業(180話以上完成済)  作者: 明烏
第2章

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ドアーナ領の兵

 ドアーナ領に向かって三人はひたすら無言で歩き続けた。足を速めるシリルにさやとヒルダは必死でついて行く。


 二人を思いやって歩くのを遅くすることは、今のシリルには出来なかった。

 自分の体力がもうとっくに限界を越えていることは分かっている。気力と使命感でいつまで持ちこたえられるか分からない。


 だから自分が倒れる前に、何としてもサヤを安全な場所まで送り届けなければならない。


 ドアーナ領に着いたらまず馬車を調達する。そして何としてでも仮登録の有効期限内にサンクアロー王国の協会支部に辿り着き、サヤの協会への本登録を済ませるのだ。


 サヤが希望すればだが。


 何しろ今のサヤは、自分と協会に対する不信感で一杯だろう。全ては自分のせいだ。あんな事を言ってしまったから。


 足をもつれさせる後悔を必死に振り払い、シリルは歩き続けた。

 今は落ち込んでいる余裕など無い。とにかくトレント領を出る事だけを考えろ。それだけを心の中で呪文のように唱えている。


 そして今のシリルはあの襲撃以来、ずっとその手に拳銃を握り続けていた。再び不埒な奴がサヤに近づいたら、いつでも仕留められるように。


 なのに灼熱の太陽が、更にシリルの思考力も感覚も奪っていく。

 だから気付いたのはヒルダが先だった。


「……あれは、何だい?」


 ハッとしてかすむ目を凝らすと、前方から幾つもの黒い影が近づいて来るのが見える。

 シリルは舌打ちした。この自分が気付かなかったとは。もう気力すら失われようとしているらしい。


「……私の後ろにいて下さい、サヤさん」


 シリルがそう言うと、サヤは素直にシリルの背後へ移動する。シリルはフッと笑った。こうして自分の指示に従ってくれるぐらいの信頼は残っているようだ。


 前方の影は十頭ばかりの馬に乗った人の姿になり、やがて兵達である事が分かった。ドアーナ領から来たのだろう。

 シリルは笑うしかなかった。何故自分はドアーナに着けば何とかなると思い込んでいたのだろうかと。


 それでもシリルは近づいて来る兵達に向かって銃を向けた。


 その時指揮官の掛け声で兵達が止まった。そして馬の後ろから一台の馬車が進み出て、シリル達の少し手前で止まる。


 止まった馬車の中から一目で貴族と分かる身なりの男が降りて来て、拳銃を向けるシリルに対して両手を上げて敵意が無いことを示してきた。


 男の歳は三十過ぎぐらいか。細身中背で、卵型の顔には茶色の短髪と同じ色の口ひげを蓄えている。

 品の良い割と整った顔立ちだが、こんな状況でも愛想笑いを浮かべているところにどこか詐欺師的な胡散臭さが漂っていた。


「どうか怖い物を向けないでくれないかね。我々は君のヒーラー殿に危害を加えるつもりは微塵も無いよ。むしろ手助けしようと出向いて来たのだからね」

「——助けに?」


 眉をひそめるシリルに男は頷いた。シリルは迷うが銃は下ろさない。

 兵が三名馬から降りて男に駆け寄ろうとしたが、男は手を振って止めた。そして両手を上げたまま再びシリルに言った。


「トレント領内カナン街出張所のノラ所長から、サヤ殿保護の要請を受けた。ドアーナ領主、カーライル・フォン・クルーガー伯爵だ。お見知りおきを」


 シリルは息を呑んだ。伯爵は苦笑する。


「そういう訳で銃を下ろしてくれないかね。ここはまだトレント領だ。検問はどうにか誤魔化せたが、領地侵犯だとモルセール侯爵に難癖を付けられる前に離れたいのだよ」


 シリルはそれでも銃を下ろす事が出来なかった。この男の言う事が本当なのか分からなかったからだ。

 まだここはトレント領。そして自分はクルーガー伯爵の顔は知らない。

 ひょっとしたらこの男は内務大臣が差し向けた、新たな追手なのかもしれないではないか。


 この男の言う事は真実か嘘か。もはやシリルには判断する気力すら残されていなかった。


「これだけの兵力がいるのだ。ヒーラー殿を奪うつもりならとうにやっている」


 伯爵は手負いの獣を説得にかかる。シリルの両手が震えだした。もういつ倒れてもおかしくない。

 それでもシリルは震えを堪え、銃を構え直したその時。


 シリルの後ろにいたサヤが進み出て伯爵に言った。


「分かりました。あなたに同行します」

「サヤさん⁉」


 シリルが血相を変えて叫ぶと、サヤはシリルを向いて静かに言った。


「シリル、この人を信用して同行する。それがあたしの意思だよ。従って ——あなたは休んで。お願いだから」


 サヤが悲しそうな顔でそう言った途端、シリルは銃を下ろすとその場に膝をついた。


「……それだけ追い詰められた精神状態でもヒーラー殿の言葉には従うか。大したものだ」


 伯爵が呟く。サヤはシリルのそばにしゃがんでその背を支えながら伯爵に言った。


「同行するとは言いましたが、あなたが所長さんに要請されたという証拠を見せて下さい。それから私のガーディアンのために寝台付きの部屋を提供する事、その二つがあなたに同行する条件です」


 伯爵はにこやかに言った。


「分かった。証拠は屋敷に来て頂ければすぐにお見せしよう。それから部屋一つなどとんでもない、私の屋敷丸ごとあなた方に提供するよ、サヤ殿」

明日も20時頃更新の予定です。


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