探り合い
キョトンとするさやに、シリルは更に言った。
「これからでも間に合います。ドラド王国を抜け、サンクアロー王国の協会支部に着いた時点でそう希望されれば、比較的スムーズにガーディアンを交代出来るでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
シリルの飛躍した提案に、さすがのさやも焦った。まさか彼がそこまで思いつめていたとは思わなかったのだ。
「あたしはあなたの事を不満になんて思ってないよ! ちょっと料理が苦手なぐらい、どうってこと無いじゃない!」
「ちょっとではありませんが……」
「そ、それにしたってさ! ほら、今はとりあえずヒルダがいてくれるから、全く問題無いよ。シリルだって今日のヒルダの料理、美味しいと思ったでしょう? あんな黒焦げの肉と殻だらけの卵でよく…… いや、これからヒルダが同行できない現場にあたしが闇祓いに行く事になったとしても、その時はあたしが料理するよ」
「…………」
「まあ、あたしだってそう褒められた腕じゃないけど、食べられるぐらいの物は作れるし、これからヒルダに教えて貰って料理のレパートリーも増やすしさ。ヒルダは教え方も上手なんだよ。おかげであたしもこのせか…… すっかり忘れちゃってた料理道具の使い方も大体分かるようになったもの」
さやがシリルを励ますために思いつく限り色々言うと逆にシリルの表情が更に曇り、呟くように言った。
「サヤさんは本当にあの女性の事を信頼なさっているのですね」
「ん? ああ、まあこの世界であたしが…… いや、記憶を失ってから最初に出会った人だからね。本当に良い人だよ。砂漠で行き倒れていたどこの誰とも分からないあたしの事を、胡散臭がらずに親身になって世話してくれて、分からない事は丁寧に教えてくれたし。色々あって、今では気心も知れた大事な友人だよ ——そうだね、すごく信頼している。ヒルダを信じられなくなったら、終わりだよなあ」
さやがしみじみとした口調でそう言うと、シリルから表情が消えた。シリルはさやに顔を近づけるとこう言った。
「あなたが倒れていたという砂漠ですが、妙な砂漠だとは思いませんか?」
「妙?」
いきなりまるで違う話を振られたさやは戸惑ったが、とりあえず今言われた事を考えた。あの砂漠におかしな所などあっただろうかと。
さや自身元の世界の砂漠に行ったことなど無いが、それでもヨルンの記憶にある砂漠の光景は、前世でテレビやネット、本などで見かける画像のそれとさして違いは無いように思う。
それともヒルダに助けられてさやが村に運ばれるまでの間に、実は何か変わった場所でもあったのだろうか。
(村まで…… あ!)
そこでさやはようやく気付いた。
「気候が全然違う……!」
砂漠はシナ村の裏にある林を抜けてすぐの所にあると、村長やヒルダは言っていた。
だがそんな近くにあんな灼熱の砂漠があるのなら、さやも嫌というほど味わった乾燥や熱気にやられて、林など存在出来る筈が無い。いや、村自体だってもっと乾燥した風土の筈だ。
なのにあの村は林も含めて温暖湿潤な気候で、普通に四季も雨期もあるではないか。
まるで砂漠など無いかのように。
さやは更に気が付いた。それを言うならエルフの国だっておかしかった。気温はさすがに分からないがあれだけ木が生い茂った国なのに、ヨルンがエルフの国を出た途端、砂漠が広がっていたのだ。
言葉を失ったさやに対し、シリルは何かに憑かれたように話しを続けた。
「この世界にはあの砂漠の様に、本来ある筈の無い自然環境が隣接している場所が幾つもあります。熱帯地方のすぐ傍に雪原が広がっている場所さえある。どの場所も共通している事は唯一つ。人間が容易に横断出来ない環境だという点です。そしてそれらの自然環境まで把握した地図は存在しない。誰も渡った事が無いから」
「…………」
「闇の侵食が進むにつれて、世界から古の記憶は殆ど失われました。それでもヒーラー協会には幾らか語り継がれている事があります。〝あれらの場所は、エルフがこの世界に張り巡らせた結界だ。あれらの場所のいずれかを抜けた処に、エルフの国がある〟と」
「‼」
さやは息を呑んだ。この世界に来て初めてヨルンの記憶以外で聞いた、〝エルフ〟という言葉に。
シリルは更にさやに顔を近づけた。
「サヤさん、あなたは何故あの砂漠にいたんです?」
「…………」
さやの喉がゴクリと鳴る。顔から血の気が引いて行くのが分かった。
「あなたは、人間なのですか?」
さやは歯を食いしばると、必死に己に言い聞かせた。臆するな、これは情報を手に入れるチャンスだと。
「——エルフって、何?」
さやの問いにシリルは目を見張った。さやは更にシリルに問いかけた。
「あなたの言う事が本当なら、あたしは人間じゃなくてエルフとかいう奴だってこと? シリル、あたしはエルフの国から来たの?」
「————」
今度はさやがシリルにぐっと近づいた。
「教えて! エルフの事を!」
シリルは必死で失った記憶の事を知りたがる振りをするさやの様子をしばらく見ていたが、やがて肩を落とした。
「——すみません、急ぎ過ぎました」
シリルはさやから離れると、それっきり黙り込んで皿を洗い続けた。
明日も20時頃に更新します。
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