協会出張所
まさに全力走だった。
シリルの手加減がほぼ無い走りに、さやとヒルダは必死でついて行く。月明かりに照らされた街を、三人は脇目も振らずに協会主張所に向かって走り続けた。
きつい馬車旅で殆ど残っていない最後の体力を振り絞り、さやは力の限り走る。
やがてシリルが叫んだ。
「あそこです!」
そしてシリルは更にスピードを速めると、さやとヒルダを置いて猛ダッシュで通りの右側にある鉄格子を張り巡らせた建物に向った。門の前に来ると、シリルは門番に対して何やら交渉しているようだ。
少ししてさやとヒルダがゼイゼイ息を切らしながら追いつくと同時に、門番は三人を中へ迎え入れた。敷地内に入り込んだ途端、シリルは顔を歪めてその場に膝をつく。その背中は大きく波打っていたが、すぐに立ち上がると息を切らしながらもさやに言った。
「これで、我々は、安全です。本当に、ご苦労様でした」
その時遠くの方で笛が鳴り響くのが聞こえた。思わずさやとヒルダは身構えたがシリルは全く動じない。
「カナンに大臣の指令が届いたのでしょうが、もう案ずる事はありません。ドラド王国の者はヒーラー協会関連施設の敷地内にいる我々には、絶対に手出し出来ない。さあ、中へ入りましょう」
ヒーラー協会カナン街出張所は、いわばヒーラー協会の領事館とも言える施設だった。
闇祓い関連の各種手続き及びトラブル等の相談を受けるとともに、トラブルに見舞われたヒーラーの保護も行う。
出張所にはそうした業務に関連した施設の他に、所長及び職員居住区やヒーラー一行専用の寝室も含む休憩スペースも備わっていた。ある程度の警備もあるそうだ。
さや達が応接室に案内されると、すぐに40歳位の女性がやって来た。この出張所の所長であるノラだ。
部屋着にジャケットを引っかけている。髪が乱れている所を見ると、寝ていたのだろう。
ノラ所長はさやに対して丁重に頭を下げながら、申し訳なさそうに言った。
「酷くお疲れの事とは存じますが、どうかまず詳しい事情をお聞かせ下さい。お連れ様の方はお休み頂いて構いませんので」
その言葉にヒルダはみるみる安堵の色を浮かべてその場に座り込んだ。そんなヒルダに所長と同時に駆け付けた当直の職員が寄り添うと、そのまま肩を貸しながら応接室を出て行った。
さやはヒルダが羨ましくてたまらなかった。さやだってこの場で大の字になって眠りたいぐらいなのだ。
ヒルダが去るとさやはシリルと共に応接室のソファーに腰かけて、所長に事情を説明した。主にシリルが話し、さやも幾つか質問された。
二人の話を聞くうちに、所長の顔が険しくなっていく。
「……いつかこの様な事が起こると思っていました」
本来この出張所は周辺地域の闇祓い依頼の受付や各種手続き、ヒーラー及びガーディアンへの連絡が主な業務だ。
しかし今ではこの地域で頻発するヒーラーへの過度な働きかけに対する抗議や制止、時にはヒーラーの保護が主要任務になりつつあるのだという。
現在はある程度の兵力を備える事も含め、ドラド王国内協会施設の防備増強を検討している状況だそうだ。
「内務大臣まで乗り出しているとなると、王国側がどんな無理無体を仕掛けてくるか分かりません。一刻も早く登録を済ませましょう。この出張所では仮登録しか出来ませんが、それでも協会に正式に登録しておられるヒーラー殿であれば、こちらも相手の要求を堂々と突っぱねられます」
それを聞いたシリルはさやに言った。
「サヤさん、お疲れのこととは思いますが、このまま登録手続きに入りましょう」
「…………」
さやは一瞬ためらった。覚悟は決めたつもりだったが、正式に登録すればもう後戻りは出来ないと思うとどうしても不安がこみ上げる。
さやはまだ協会について殆ど知らない。
ここまでにシリルからある程度聞かされてはいるものの、ほぼ考える間もないままに協会への登録を希望したのだ。仮のガーディアンになったシリルとだって、行動を共にしてからまだ二日も経っていない。
信頼もへったくれもない状態だ。
そう乞えば協会について説明ぐらいはしてくれるだろうが、肉体的にも精神的にも限界まで疲弊している状況ではとてもそんな説明を聞く気力も無いし、聞いてもロクに判断出来ないだろう。
出来れば十分休んでからキチンと説明を聞いて判断した上で登録したいという思いは、どうしても捨て切れない。
だが所長やシリルの様子を見れば、どう考えてもそんな余裕は無さそうだった。さやは溜息をつきながらも何としてもヒーラー協会に登録すべきだというヒルダの言葉を思い出し、ヒルダが出て行った扉を見つめながらシリルに答えた。
「分かった。手続きをするよ」
シリルは一瞬何か言いかけたが口を閉じ、さやを促して登録手続きに入った。
仮登録ではまず仮のガーディアンであるシリルと出張所長立ち合いの下、検問所で行ったのと同じ能力確認を行った。
さやの能力を確かめた所長はすぐに申請書を用意、さやはまず協会に登録を希望する事、そしてシリルを自分のガーディアンとすることを明言した上で、申請書にサインした。
さやが署名すると、所長は安堵の色を浮かべた。
「これでもう大丈夫です。お二人ともさぞお疲れでしょう。休憩室でお休み下さい」
その言葉を聞いたさやはその場に崩れ落ちた。身体を支えてくれたシリルも疲労の色が濃い。
そのままシリルに支えられながらヒーラー専用の休憩室に何とか辿り着くと、さやは既にベッドで寝息を立てているヒルダの横に倒れ込んで泥の様に眠った。
次は22時頃に投稿します。




