検問
肩を揺さぶられたさやは目を開け、一瞬自分がいる場所が地下牢ではない事に驚いた。
シリルはさやが起きたのを見ると、今度は隣のヒルダを起こしにかかる。
「もうすぐカナンに着きます。すぐ降りられるよう準備して下さい」
シリルに言われてさやはようやく、今の自分がどういう状況にあるのか思い出した。
ヒーラーとしてドラド王国の検査官に目を付けられたさやは、その自由を奪われかけた。
しかし間一髪のところでヒーラー協会調査員であるシリルに協会に登録すると希望、その結果シリルはさやのガーディアンとなり、さやはシリルの保護下に置かれることになったのだ。
その後さやは自分というヒーラーを手中に収めようと図るドラド王国の内務大臣が差し向ける追手から逃れる為に、シリルやヒルダと共にシナ村を脱出した。今は早馬車を乗り継いで、協会の出張所があるカナン街へ向かっているところだ。
さやは首を振ってヨルンの記憶を払い落とすと、馬車の窓から外を見た。
すると野原を突き抜ける街道の奥に、防壁に囲まれた街が見える。早馬車を乗り継ぐだけの為に立ち寄った町に比べると、かなり大きな街のようだ。
さやはホッとした。何とか邪魔されずに目的地に辿り着いたのだ。
シリルの話だとここにヒーラー協会の出先機関がある。
だがシリルは自分の懐中時計を見て眉をひそめた。
「もう大臣がシナ村に到着している頃だ。この街に私達に関する指令がいつ届いてもおかしくはありません。検問を済ませると同時に出張所へ急ぎ向かいますから、お二人ともそのつもりでいて下さい」
シリルの言葉にさやは、強行軍はまだ終わらないのかとげんなりした。
何しろここにたどり着くだけで、体力も気力もほぼ使い果たしているのだ。シナ村を出奔してからレナ町までまず早歩き三時間半というハードモード、どうにかレナ町に着いて早馬車を確保す出来た後も、二つの町で馬車を乗り換えている。
歩かずに済むとは言え、さやは馬車旅など初めてだ。しかも早馬車の乱暴な走りによる揺れはかなりキツく、さやはロクに休めた気がしなかった。
しかしもちろんそんな不満は口には出さなかった。だってシリルはシナ村を出てから、恐らく一睡もしていないのだから。
さや達を下ろすと早馬車の御者はあくびをしながらも街に入ろうとせず、来た道を引き返して行った。これまで乗ったどの馬車の御者もそうだったが、面倒な検問を経てまで街で休もうとは思わないようだ。
深夜だが、門に設けられた検問所には何人かの旅人が並んでいた。人の行き来が多い街の検問は、基本二十四時間体制だ。だから検問をパスすればいつでも街に入ることが出来る。
さや達は検問の列には並ばず、正面口から少し離れた所にある小さい通用門に向った。ヒーラー一行専用の検問所だ。
シリルは門番に協会調査員の証である身分証のカードを見せると、さやを示して言った。
「こちらの方がヒーラー殿だ。私は仮契約のガーディアン。他に同行者一名だ」
門番はさやに軽く頭を下げると、一行を連れて出入り口から少し離れた所へ行った。これまで通った街でも同じ事を経験しているさやには、これから何を指示されるかはもう分かっている。
しばらく歩いていた門番は防壁の片隅で立ち止まると、壁に付いた小指の先程の黒いシミを指し示した。小さいが、闇だ。
さやは既に用意しているモップを構え、闇に押し当てると軽く念を込めた。ここに来るまでの街でも何度もやらされた、ヒーラーのみに課された検問方法だ。
これをやる度に、さやは前世で歴女の友人が言っていた事を思い出す。
「江戸時代の旅ってさ、関所で通行手形を見せないといけないとか、ものすごく取り締まりが厳しかったじゃない。でもね、例外があったのよ。芸人だけは関所の役人に自分の芸を披露するだけで、通して貰えたんだって!」
この能力がある限りさやは素性を一切問われない。そして何処であろうと自由に行動出来るのだ。
汚染度検査によって決められた行動制限に関する情報は魔道具によってデータベース化され、世界中の国で共有される。そのデータに基づいて検問所に設置された魔道具が、街や村に入れても構わないかどうか判定するのだ。
例えば汚染度検査の結果シナ村に許された行動制限の緩和は、シリルがレナ町にある画像通信機を用いて協会にその旨を連絡した時点で発効した。
シリルからその話を聞いた時、さやは自分がヒーラーで良かったと心の底から思った。
何しろそのデータに自分の記録は存在しないのだ。検問所の魔道具で検査された挙句に判定不能などと出たら、怪しいどころの騒ぎでは無かっただろう。
しかしヒーラーの能力を持っているお陰で、さやはその検査を受けずに済むのだ。
闇が消えたことを確認した役人はさやに対して先程の軽い会釈とは違い、深々と頭を下げた。
そして再び検問所に戻ると、今度はシリルとヒルダの行動制限の度合いを確かめる。正式なガーディアンになれば、シリルがこの検査を受ける必要はなくなるらしい。
確認方法だが、言わば生体認証だ。魔道具は三十センチ四方ぐらいの箱に、ガラスの様な玉が据えられている。それに手をかざすと、行動制限の度合いによって色が変わるのだ。
シリルが手をかざすと玉は銀色に、ヒルダが手をかざすと青色に光った。青はドラド国内における完全な行動の自由を許されていることを、そして銀は届け出れば世界各国を行動出来る自由がある事を示している。
検問所の役人は微笑みながら言った。
「御一行様に全く問題はございません。ヒーラー様、カナンへよくお越し下さいました。どうかごゆるりとお過ごし下さい」
さやは大きく息を吐いた。どうやらまだ大臣の手は回っていないようだ。
だが通用門を通り抜けるとすぐにシリルは言った。
「では協会まで走ります。お二人とも決して離れずついて来て下さい」
そう言うや否やシリルは走り出し、さやとヒルダは慌てて後を追った。
第2章は以前のバージョンには無い、全く新しいエピソードです。楽しんで頂けると嬉しいです。
明日も20時と22時頃に更新します。
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