光に向かって
どうやらシリルはガーディアンを辞すると決めた事で、さやに対して取り繕う気を失くしたらしかった。
「サヤさんの闇祓い、お見事でした。私が生まれて初めて下した完全封鎖の命令を木っ端微塵にして下さった。あなたなら教会の闇を祓える能力があるとは思っていましたが、まさかあれ程の数の魂が解放されていく様を見る事が出来るとは、想像もしなかった」
シリルは空を見上げた。そこに教会から解放された光の玉が飛んでいるかのように、その目は嬉し気だ。
「私は今後調査員として完全封鎖の決断を下す事が何度もあるのでしょうが、あの光景は一生忘れないでしょう…… その闇祓いに私は助力出来たのですね」
シリルは実に清々しい顔をしていた。自身が下した完全封鎖の命令がチャラになった事、それを為した闇祓いに自分が貢献出来た事を手放しで喜ぶ。その様は純粋さや無邪気さすら感じさせるほどで。
さやはやっと気付いたのだ。そう言えばこの男は、かなり若かったのだと。
(自己紹介した時に二十三歳だって言ってたな。前世のあたしより五歳下か)
この世界は十六歳から成人だから、現代日本での年齢と一緒にすべきではないのかもしれない。これまでの言動からしてシリルがガーディアンとしてかなり優秀なのも確かだ ……まあガーディアンの職務に忠実なあまり、自身の評価を無視してヒーラーに拒絶されるようなポカをするが。
それでもその若さで完全封鎖の決断を下すのは、計り知れない重荷だった筈だ。
今素顔を晒しているシリルは、日本人のさやから見ても年相応だった。
そうなるとヒーラーの能力を高める事に熱を入れ過ぎる余りその機嫌を損ねる言動をしてしまう事も、若さゆえの先走りと思えない事もない。
それにシリルの言葉からは、ガーディアンの職務に対する並々ならぬ使命感や誇りを感じる。
そういう仕事への熱意、さやは嫌いじゃないのだ。
さやの中でシリルの評価が変わっていった。
パワハラで言動がコロコロ変わる危なっかしいガーディアンから、少々やり過ぎてしまう未熟な面はあるかもしれないが、熱意ある青年という生暖かいものに。
こうして笑っていればなかなか可愛いじゃないかとまで思っていると、シリルがしみじみとした口調でこう言った。
「あなたとは短いお付き合いになるとは思いますが、この上は仮とは言えあなたのガーディアンとして、私が出来る最大限の事をさせて頂きます。ええ、この休憩が終わったら協会の出先機関に着くまでの間、あなたが今後闇祓いを為さる度に私への怒りで恐怖など吹き飛ぶくらい、思いつく限りの罵詈雑言を言わせて頂きましょう! それがあなたに私が出来る精一杯の事です」
さやはゲッとなった。冗談じゃない。そんなトラウマレベルの暴言なんか絶対嫌だ。
だから叫んだ。
「ちょっと待って! そこは相談しよう!」
「——相談、ですか」
怪訝な顔をするシリルにさやは思い切りうなずいた。
「そうそう! だってそりゃ確かに怒りは突発的に恐怖を抑えるかもしれないけどさ、こっちもかなり嫌な気分になるでしょう? それはやっぱり勘弁して欲しいし、仕事仲間とは良い関係でいたいよ。あたしは」
さやのその言葉にシリルが目を見張った。
「——仕事仲間、と仰いましたか」
「まあ、あなたにはあなたの考えもあるだろうし、共感出来る所もあるけど、パートナーになるんだからあたしの意見も入れてよ。そこは長い目で見て、お互いにこれなら良いと思えるやり方を考えていこう。ね?」
シリルはしばし無言でさやを見つめ、やがて微笑んだ。
それは先程見せた無邪気な笑いではなく、仕事に従事する者の礼儀を添えた笑顔だ。
「——はい、もちろんです。ヒーラー殿の意思を尊重するのがガーディアンの役目ですから。共感して頂けて嬉しいです。どうか長い目でよろしくお願いします」
その言葉にさやは胸をなでおろした。
最初はとんでもない男だと思ったが、心配していた程悪くはない。話し合いが出来る人間ではあるようだ。これなら、まあいいだろう。
だからさやもシリルに笑いかけた。
「こちらこそ」
その時、強烈な光がさやを覆った。夜明けだ。さやは久しぶりの陽の光のような気がした。
「休憩は終わりです。行きましょう」
そう言うとシリルはヒルダを起こしにかかる。これからの強行軍にため息は出るが、それでも不安は無かった。何とかなりそうだと思えるから。
本当に、何とかなりそうだ。
最初はどうなることかと思ったが、心を通わせる友人が出来た。
納得出来る仕事も見つかった。
ある程度のサポートも得て、この世界で暮らしていける目途も立った。
少しずつだが、この世界の事情も分かりつつある。
そして、あの悲しい生涯を送った少女との約束も、守れそうだ。
大丈夫だ。自分はきっと、この世界でやっていける。
さやは立ち上がった。襟元に手を突っ込むと、イザベラから貰った懐中時計を取り出して時刻を確認する。
(ここからレナ町まで一時間半。よし、スタート!)
さやは光に向かって歩きだした。
以上で第一章完結です。ここまで読んで頂いてありがとうございました。
新章準備のため明日は投稿をお休みします。翌々日20時と22時頃に第2章を2話投稿します。
楽しんで頂けると嬉しいです。
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