誰を信じるか
普通なら常識であるヒーラーの立ち位置や、ヒーラーにとって協会がどれだけ心強い組織なのかを一切知らないサヤに対し、アデラは思いつく限りの嘘をついていた。
だが現行のルールにそうした行為を咎める規定は無い。そういう規定の穴を、アデラは徹底的に利用しているのだ。
今回の事例がルールを改定する契機にはなるかもしれないが、今この場では当然現行のルールが適用される。
だからサヤを協会の保護下に置く為には、シリルは待つしか無いのだ。
サヤ自身が、シリルに協会への登録を希望することを。
アデラの話を聞いたサヤはヒルダを見た。ヒルダは必死に首を振ってサヤに言った。
「サヤ、早く、早くその調査員さんに、言うんだよ! 協会に登録したいって! その女について行っちゃ駄目だ!」
村長もサヤに訴えた。
「サヤ様! 今まであなたに事情を隠していた事は本当に申し訳ありませんでした。ですが、ヒルダの言う事は本当です。ヒーラー様は、協会に登録するのが一番良いんです!」
アデラはふん、と鼻で笑った。
「お話になりませんね。サヤ様、私の言葉だけではご不安に思われることもおありでしょう。ですからどうされるかは大臣の到着を待って、大臣の話を聞いてからお決めになるということにしては如何でしょうか。もしよろしければ大臣が来るまでレナ街に取ってある私共の宿舎にいらして下さい。今夜は村長の屋敷に泊まる予定でしたが、こんな連中がいる所にあなたを置いておくなど、私の良心が許しません。いかがでしょうか」
サヤは皆を見回してからしばらく考えていた。それからアデラにこう告げた。
「分かりました。有難うございます、あなたのお陰で私も決心がつきました」
(終わった)
村長は目を閉じた。心にあるのは後悔ばかりだ。サヤにもっと早くヒーラーに関する情報を話すべきだったのに、闇祓いを優先させる為に説明を後回しにしてしまった。ドラド王国の事情だって、結局検査当日まで言えないでいた。
自分を王国が囲い込もうとしている事を知らされたサヤが動揺して、逃げ出さないまでもその不安が村の闇祓いに悪影響を及ぼすのではと恐れたから。
その結果がこの有様だ。自分は村を、自分の家族の魂を救ってくれた恩人に何という仕打ちをしてしまったのか。
アデラは満面の笑みを浮かべながらサヤの肩に手を回すと、外へ行くよう促した。
「ご納得頂けて嬉しい限りです。それでは今後は私共の宿舎にご滞在下さい。そこでしたら、あなたを利用しようとする輩は絶対近づくことが出来ませんから」
その瞬間サヤはシリルに向かって言った。
「シリルさん、私はヒーラー協会に登録する事を希望します。ヒルダ、これで良い?」
「な……⁉」
あ然とするアデラが何か言うより早く、シリルが誰にでも聞こえるような大きな声で言った。
「分かりました。それでは私があなたのガーディアンを務めます。御了承頂けますか?」
サヤはヒルダを見た。ヒルダは何度も頷いて目配せもする。
「サヤ様! いけません!」
アデラが止めると同時にサヤは叫んだ。
「ええシリルさん、私のガーディアンになって下さい!」
サヤがそう叫んだ途端シリルはサヤに駆け寄り、サヤをアデラから引き離した。
「アデラ検査官、サヤ殿のガーディアンとして、これ以上謝った情報でサヤ殿を操作しようと図るのは許さない。慎まれよ。サヤ殿、先程村長が話した事が事実です。この村は今後二十年間闇祓いをする必要が無くなりました。あなたの闇祓いは、それ程完璧だったのです。従って村が定期的な闇祓いと引き替えにあなたを協会に売るなどあり得ません。これまで様々な地域の闇を見た私には分かる。半年や一年で再発するような闇など、この村には存在しない」
シリルがそう言うとアデラは凄まじい形相でシリルを睨みつけ、何か言おうとした。そんなアデラにシリルは命じた。
「検査官、私がサヤ殿に話す間は黙っていろ」
苦虫を噛み潰した様な顔でアデラは口を閉じた。今のシリルはかろうじて検査官より上に立っているに過ぎない調査員では無い。アデラよりも遥かに強い権限を持つガーディアンなのだ。
そしてヒーラー協会においてガーディアンだけに許されている事がある。自分が仕えるヒーラーへの進言だ。
シリルはサヤに向かって進言を続けた。
「この検査官が王都から内務大臣を呼び寄せるのは、大臣なら私の権限を抑えられるからです。今は私を憚って出来ませんが、大臣が来れば村長やあなたのご友人をこの場から強制的に排除することも可能になります。サヤ殿、私は今すぐこの村を立ち去る事を進言します。今のあなたは私と契約したに過ぎません。ですから協会ではなく私の権限だけであなたを守るしか無い。それでは私より立場が上の大臣が来たら、あなたを守れなくなる。嘘までついてあなたを取り込もうとする勢力です。そう簡単にあなたを諦めはしないでしょう。一刻も早く協会へ向かい、正式な登録手続きを済ませましょう」
サヤは再びヒルダを見た。ヒルダが頷くと、サヤはシリルに言った。
「ええ、あなたの言う通りにします。今すぐ行きましょう」
サヤがそう言うと、兵達がサヤとシリルの前に立ちふさがる。その途端アデラが叫んだ。
「止めろ! 絶対に手出しするな!」
検査官の命令に兵達は慌てて道を開けた。兵の間をシリルがサヤを連れて歩いて行こうとした時、ヒルダがサヤに声を掛けた。
「待って! サヤ、あたしも一緒に行くよ」
「え……」
次は22時頃に投稿します。




