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アラサー女の異世界転生チート清掃業~誰もが何か隠してる(180話以上完成済)  作者: 明烏
第1章

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弔いの時

 家へ向かって歩きながら、ヒルダは淡々と話した。

 ジョゼフが、自分に謝ったのだと。


〝ヒルダ、本当に済まない。何もかも俺のせいだ。あの時はちょっとイラつく事があって、お前に酷いことを言った。だからこんな事に……〟


 この三年間闇に吞まれていた夫は、全てはヒルダのせいだとひたすら責め苛み、自分と同じ闇にヒルダを取り込もうとし続けた。だが闇から解放されたジョゼフの魂がまずした事は、妻への謝罪だったのだ。


「あいつも自分が悪かったと思ってたんだな。すっかり忘れてたよ。あたし達、似た者夫婦だったんだよね……」


 性格が似通っていた分、夫と自分は昔から些細な事でもよくケンカをしていた。しかしその度に、いつも必ず双方が納得出来る解決策を見つけていた。


 壁の闇に責め苛まれていたヒルダは自分達がそういう夫婦だったことを忘れ、後悔と罪悪感にまみれていた。

 しかし闇から解放されたジョゼフが教えてくれたのだ。三年前のあのケンカも、二人が共に歩める道を見つけるための通過点だったのだと。


「お互いに許し合って、ちゃんと別れも言えたよ。本当にありがとうサヤ」


 そう語るヒルダの目には、愛する者を失ったことに対する例えようの無い悲しみが溢れていた。

 ただ、いつも感じたあの陰惨な絶望はキレイに消えていた。

 ヒルダはようやく夫の死を、純粋に悲しむことが出来ているのだ。


 それは他の村人も同じだった。


 闇から解放された魂が別れの挨拶をしたことで、三年間悪霊と化して自分達を苦しめ恐怖に陥れてきた愛しい者の死を誰もが思う存分嘆いている。


 さやは理解した。

 心を圧し殺し続けたこの村にようやく生きた感情――とても辛い想いではあるが――が戻ってきたのだと。


 その日村はどの家でも、三年間ずっと出来なかった弔いが行われていた。ヒルダも食卓にジョゼフの席を設けた上で、さやと酒を酌み交わしながらひたすら夫の思い出を語り続けた。


 ジョゼフとのなれそめから始まり、どんな男だったか、どんな思い出があったか、その仕事や趣味、好物や嫌いな物に至るまで、ヒルダはジョゼフに関して思いつく限りの事をさやに話した。

 良い思い出も、悪い思い出も。


 ヒルダは時にしんみりと、時に泣きながら、或いは笑いや怒りを込めてジョゼフを語る。

 そしてヒルダは時々ジョゼフの席に向かっても話しかけていた。あたかもそこにジョゼフがいるかのように。


 さやはその全てに黙って耳を傾けていた。


 夜更けになってようやく話が尽きた頃、ヒルダはさやに言った。


「ずっと話を聞いてくれてありがとうサヤ。若いのにあんたはもっと年のいった女の様な気遣いが出来るね」


 礼を言うヒルダにさやは微笑みながら、コップに酒を注いでやる。今夜は聞き役に徹しようとさやは決めていた。

 闇の増殖の原因となったあの元ヒーラーの核については、シリルの忠告を除いても今はヒルダに話すべきではないと思っている。

 事実を知ってもヒルダが心をかき乱されるだけだろうと思うからだ。


 ただ、ヒルダは今でも教会の闇が増殖した原因は自分にもあると思っているだろう。

 もう少し時間が経ってヒルダがあの事件をある程度消化した頃に、教会の闇が増殖した原因はヒルダではなかったのだと教えてやろうとは思っていた。


 そのくらい今のヒルダは穏やかな顔をしているのだ。さやは余計な事など教えずそっとしておいてやりたかった。

 その代わり、今のヒルダなら何の拘りも無く聞ける事をさやは聞いてみた。


「ヒルダは、これからどうするの?」


 ヒルダはすこし考えてから微笑んだ。


「——そうだね。行動制限がどこまで緩くなるかによるけど、いつか何処かの街へ行って、料理店を出そうと思っているよ。まあ、今はすっからかんだから、それも遠い夢だけどね。それでもジョゼフはあたしに『幸せになってくれ』と言ってくれた。だからあたしはあたしが幸せになる為に、夢を追おうと思う」


 さやは嬉しかった。ヒルダが夢まで追う気になってくれた事が。

 もうヒルダに闇は無い。その目はしっかり前を見ている。彼女を縛り付けていた夫の呪いが、励ましに変わったのだ。

 ヒルダの本当に嬉しそうな笑顔を見れるのも、そう遠くはないだろう。


 さやはやっと心から安心出来た。ヒルダはもう砂漠になんか行かないと。それを自分の〝仕事〟が成し遂げたのだ。


(まあでも、仕上げは〝あれ〟がやったんだよな)


 さやは最後に魂を闇から解放した能力(ちから)について思った。

 あの能力が発現した時の自分に沸いた感情は、どう考えても自分のものでは無かった。

 状況から考えて、ヨルンの母がヨルンに与えたペンダントが関わっているのだろう。


 あの時起こった事を思い浮かべたさやは顔をしかめた。自分以外の何かに心を完全に乗っ取られた感覚は、あまり快いものではなかったから。

 ただ、女神はさやが自分という人格のままで生きたいという希望を叶えると約束した。これまでも約束は実現しているのだから、これも守るだろう。


 それに、これでやっとヨルンとの約束を果たせる目途がついたのは朗報だ。

 ヨルンの役目はただの闇祓いではない。魂を解放したあの力こそ、ヨルンが母親に託された役目だったに違いない。


「どうしたんだい? 難しい顔をして」


 ヒルダの言葉でさやは我に返り、慌ててヒルダに答えた。


「いやあ、ヒルダも将来どうするかを決めたでしょう? ならあたしはどうしようかな、と思って」


 するとヒルダは笑った。


「悩むことは無いだろう? ヒーラー様としてヒーラー協会に登録するんだから、将来は安泰じゃないか。不安な事があったって、あんたに付くガーディアン殿がサポートしてくれるさ。これからどうすればいいかって事もね」


 この言葉に、今度こそさやは大きく顔をしかめた。


「みんなあたしに協会へ登録しろって言うんだね。ヒーラーには、他の道は無いの?」


 さやがそう言うと、ヒルダはキョトンとした顔になった。


「——だってサヤはもう村長さんを通じて、協会へ登録したいって申し出ているんだろう?」

「そんな訳無いじゃん! だって協会に登録したら、自分がどうなるかなんてまるで分からないんだよ? 登録するにしたってまず協会がどういう組織で、評判はどうなのか、あたしの仕事や待遇はどうなるのかとか、そういう事をちゃんと確めないと! それに他の選択肢についても調べた上で、どうするかを決めたいよ。それが普通でしょう? ――どうしたのヒルダ?」


 さやの言葉にヒルダは愕然とした顔をしていた。


「——でも村長さんから事情は聞いているんだろう? だったら悩む事なんか無いだろうに」

「村長さんからは何も聞いてないよ。大体今日の汚染度検査まであたしは朝から晩までぶっ通しで闇祓いをやってて、ヒルダの家でも殆ど食べて寝るだけだったじゃない。それこそ村長さんに話を聞く暇なんか無かったよ」


 自分の話を聞いているヒルダの顔が強張っていくのに気づかず、さやは自分の考えを話し続けた。


「あ、そう言えば村長さんが協会に登録する手続きをあたしに代わってやってくれるっていう申し出にあたしが良い顔をしなかったら、検査が済んだら協会について詳しく事情を話してくれるって言ってたっけ。ただ、今日明日はさすがに無理だよね。〝弔い〟って、三日間続くんでしょう?」

「…………」

「村長さんも今は身内を弔ってらっしゃるだろうし、それこそ気持ちが落ち着いてからじっくり話を聞くよ。そうだ、ヒルダも相談に乗ってくれる? あー、やっと今後どうするかを考える余裕が出来たよ! 検査が終わるまで、使える時間は全部闇祓いに回してたからなあ。ね、ヒルダはどう思う? 例えば協会に登録しない場合だけど、他にどんな道があるの?」


 そう尋ねながらさやが自分のコップに酒を注ごうと酒瓶に手を伸ばすと、ヒルダが乱暴に酒瓶を取り上げて叫んだ。


「ヤバいよ! それは!」


次は22時の予定でしたが、都合により20時頃に更新します。

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