作業報告
さやが扉を開けた途端、アデラが駆け寄りさやの前に跪いた。
「この度は我が国の村を御救い頂き、感謝の申し上げようもございません。サヤ様、この上はどうか王都にお越しいただけませんでしょうか? ぜひともドラド王国を挙げて最大限の御礼と感謝の御もてなしをさせて下さい」
丁重な礼を述べるアデラを見て、地べたに座り込んでいたベイルも慌てて駆け寄るとアデラの横でひれ伏し、まだ動揺の収まらない金切り声で言った。
「この度は! こんな奇跡の闇祓いを我が国にもたらして頂き! 誠に有難うございます!」
二人の大げさな御礼の言葉はさやの耳には入らなかった。外は泣き叫ぶ声で溢れかえっていたからだ。
外にいる者は皆うずくまって泣いていた。イザベラも号泣している。家の中からも泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
その情景に気を取られそうになっていたさやは、慌てて首を振って自分を戒めた。まだ仕事は終わっていない。報告までが〝作業〟の内だ。
さやは跪いている検査官達に言った。
「お二人とも、お礼とかそういうお話はまず作業箇所を確認した後にして下さい。あ、勿論時間内に出来るだけの事はしたつもりです。危険な闇は全て祓いましたから、入っても大丈夫ですよ」
さやの言葉にアデラは跪いたまま答えた。
「畏まりました。ヒーラー様がそう仰るのでしたら、謹んで拝見させて頂きます」
そしてアデラはまだひれ伏したままのベイルを促し立たせた。ベイルは教会に入るのは嫌そうだったが、アデラに急かされて中に入るとすぐに驚きの声を上げた。
「信じられん! 闇が全て祓われている! あれ程の闇が、まさか……」
その反応を見て問題無さそうだと判断したさやはホッと息を吐いた。二人が驚いた顔で教会の内部を見回していると、シリルも入って来た。彼も教会内部を確かめるのだろうと思っていたら、シリルはまずさやに近づいてこう言った。
「ご苦労様でした。どこか身体におかしい所はありませんか? 痛むところは? 胸が苦しくはないですか?」
優しい口調で体調を気遣われたさやは、一瞬言葉に詰まった。闇祓いの直前にあれだけあからさまな侮蔑の言葉を自分に投げつけた男とは思えぬ礼儀正しさと気遣いに、どう反応してよいか困ったのだ。
(あれ、聞こえてたかな)
闇祓いの最中この男に散々罵声を浴びせた上に心の中でどやしつけた事を思い出して、さやはかなり気まずくなった。
とはいえひたすらさやの体調を気遣うシリルは、何も聞いていなかったようにしか見えない。
だから多分聞こえていなかったんだろうとさやは安堵した。あれだけ凶悪な闇が充満していたら、内部の音など聞こえないのかもしれない。
例え音が聞こえたとしても、あれだけの非常事態だ。さやの怒鳴り声などに耳を傾ける余裕など無かったに決まっている。
すっかり安心したさやは、この際だからとあの時に投げつけられた侮蔑発言の意趣返しをすることにした。
「別に問題無いですよ。ど新人だけど、身体は丈夫なので」
「それは良かった! 闇祓いはヒーラー殿にとってかなりの負担になる場合がありますが、自覚症状が無いのでしたら何よりです」
さやの皮肉などまるで気にしていないような笑顔でそう答えてから、シリルは少し心配そうに付け加えた。
「ですが喉が少々かすれているようですね。教会の外から聞こえるほど声を張り上げていたのです。蜜などで手当てをなさった方が良いかもしれませんね」
(やっぱり聞いてたんじゃないか!)
焦りと羞恥でさやが赤くなったり青くなったりしていると、アデラがシリルに声を掛けた。
「調査員殿、まずこの教会の汚染度検査を始めようと思うので、来て頂けませんか」
シリルはもう一度さやに異変が無いか確かめてからさやに一礼し、アデラ達のもとへ行った。
(……何なんだあの男は)
さやはため息しか出なかった。闇祓いの前のさやを馬鹿にした態度と、今の礼儀正しくさやを心から心配し気遣う言動。
その落差についていけない。あの男は二重人格なのか。
(まあどうでもいいか)
さやはそれ以上シリルについて考えるのを止めることにした。どうせあの男とは、もう関わることも無いだろから。
その時さやは、教会の闇で対峙した元ヒーラーらしき魂のことを思い出した。闇は全て祓ったのだからもう検査には影響無いのだろうが、一応報告しておいた方が良いだろう。
さやは教会の闇を検査し始めたシリルと検査官達の元へ行くと、元ヒーラーの魂について話した。
「――では教会の闇増殖の原因は、ヒーラー様だったというのですか。なんと……」
さやの話にベイルは信じられないといった面持ちで呟いた。アデラも驚きを隠せないようだ。
「つまり村人に、教会の闇を増殖させる程の高い闇祓い能力を秘めていた者がいたということですか。なんと勿体ない。闇に憑かれていなければ貴重なヒーラー様になったでしょうに」
「……村人だったのかどうかは分かりません。その魂は名乗りもせずに行ってしまったので。もしかしたら既にヒーラーとして活動していた者だったのかもしれませんよ」
アデラの〝勿体ない〟という言葉に不快感を抱きながらさやが反駁すると、シリルがその可能性はありません、とキッパリ否定した。
「この教会が闇に呑まれて三年経ちます。しかしその間ヒーラー殿が行方不明になったという知らせは全く無いので、未発見のヒーラー以外にはあり得ないのです。つまり教会にいた村人の中に、闇祓いの能力を秘めていた者がいたと考えるのが妥当です」
「調査員殿の仰る通りですよ。この三年、ヒーラー協会からもヒーラー様の捜索要請は出されていませんからね」
「なら協会に登録せずに活動していたヒーラーという事は……」
「その可能性もゼロではありませんが、まず違うと考えてよろしいと思いますよ。現在協会に未登録のヒーラー様は、どなたもいずれかの国の王族です。所在ははっきりされている方ばかりですし、それにこう申しては何ですが…… 今回の闇大増殖を引き起こす程の高い能力をお持ちの方は、いらっしゃらないかと」
「ベイル‼」
アデラが余計な事を言うなという剣幕で睨みつけ、ベイルは慌てて口を閉じた。
アデラはコホンと咳ばらいをすると、付け加えた。
「しかし過去には王侯貴族ではなくとも協会に登録されずに活動なさるヒーラー様もいらっしゃいました。我がドラド王国も、ヒーラー様の多様な活動のなさりようを手厚く支援する所存でおります。協会に登録されないという道をお選びになるのも、大変結構だと思いますよ」
「そうですか……」
アデラは何だか違う方向へ話を持っていったが、とにかくヒーラーの事をよく知っているであろう三人全員に否定され、さやもそれ以上は反論せずに引き下がった。まあ、あの魂の正体が何であるかなど、さやには関係ない事だ。
「この件ですが、村長も含めてシナ村の者には教えない方が良いでしょう。せっかく村の元凶だった闇が祓われたのです。〝犯人〟探しを巡って要らぬ争いや憎しみが起これば、闇が再発しないとも限りません」
「……分かりました」
シリルの忠告にさやはうなずいた。実際シリルの言う通りだと思うから。
ともあれこれで仕事は終わったので、さやは帰ることにした。
体調に異常がある訳ではないが、疲れたのは事実だ。
自分はもうこの現場にいなくてもよいだろうし、これ以上ここにいたらアデラからまたしつこく王都へ来てくれと勧誘されそうだ。それはかなり面倒くさい。
それに、ヒルダがどうなったかも気になる。
教会に入る直前のヒルダは、明らかに闇に取り憑かれかかっていた。皆があれだけ動揺している状態なのだ。ヒルダだってきっと取り乱しているだろう。
ヒルダを探しに行こうとして、さやはすぐに見つけた。教会に入る前に別れた場所でヒルダは佇んでいたから。
皆が泣き叫ぶ中で、ヒルダは静かに空を見上げている。
さやが傍に駆け寄ると、ヒルダは平静な口調で言った。
「ジョゼフと話したよ。帰ろう、サヤ」
明日は16時、22時頃に投稿します。
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